2004年11月28日

寝台特急あさかぜ、さくら廃止決定

 年々凋落傾向にあるブルートレインであるが、来春のダイヤ改正で「あさかぜ」「さくら」の廃止が決定したことが、毎日新聞WEBで報じられている。

 今から25年前の1979年5月号の時刻表を見ると、九州・山陰・中国地方へ向う夜行列車は下記の通りである。

【東京発着】              【名古屋・関西発】
「さくら」(東京−長崎・佐世保)  「明星1・8号」(新大阪−西鹿児島)
「はやぶさ」(東京−西鹿児島)   「彗星1・6号」(新大阪−宮崎)
「みずほ」(東京−熊本・長崎)   「明星3・4号」(新大阪−西鹿児島)
「富士」(東京−西鹿児島)     「あかつき1・2号」(大阪−長崎・佐世保)
「あさかぜ1.4号」(東京−博多)  「あかつき3・4号」(新大阪−長崎・佐世保)
「あさかぜ2.4号」(東京−下関) *「明星5・6号」(新大阪−熊本)
「瀬戸」(東京−宇野)       「彗星3・4号」(新大阪−都城)
「出雲1・4号」(東京−浜田)    「なは」 (京都−西鹿児島)
「出雲2・3号」(東京−出雲市)   「明星7・2号」(新大阪−博多)
「紀伊」(東京−紀伊勝浦)     「彗星5・2号」(新大阪−大分)
「銀河」(東京−大阪)       「金星」 (名古屋−博多)
「普通」(東京−大垣)      急行「雲仙・西海」(大阪−長崎・佐世保)
                 急行「阿蘇・くにさき」(新大阪−熊本・大分)
                 急行「鷲羽」 (新大阪−宇野)
                 急行「だいせん」(大阪−大社)
                 普通「山陰」 (京都−出雲市)
                                (*季節列車)
 一方、現在では、下記の通りである。

【東京発】              【関西発】
「富士」(東京−大分)        「あかつき・彗星」(京都−長崎・南宮崎)
「はやぶさ・さくら」(熊本・長崎)  「なは」 (新大阪−熊本)
「あさかぜ」(東京−下関)
「出雲」(東京−出雲市)
「サンライズ出雲・瀬戸」(東京−出雲市・高松)
「銀河」(東京−大阪)
「ムーンライトながら」(東京−大垣)

 現在では、割安な高速バスが地方都市まで運行されていたり、飛行機や新幹線ネットワークの強化などで特に寝台専用特急(ブルートレイン)の利用客が激減しているのだそうだ。鉄道ファンの私でさえ、この1年間はブルートレインに乗車していない。しかし、夜行高速バスや夜行快速列車には何度かお世話になっている。

 現在、「さくら・はやぶさ」はJR九州博多車掌区の乗務員が東京まで担当している。「あさかぜ」は下関・広島車掌区。「富士」は下関が担当している。「はやぶさ・富士」が併結運転されるなら、「あさかぜ」を失う下関は「富士」を死守するものと考えられる為、博多車掌区の乗務は下関までとなる可能性が高い。
posted by 城崎かすみ at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | さよならブルートレイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月27日

特急おき5号(181系 96年8月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急「おき5号」について。

 2001年7月島根県内の山陰本線高速化に合わせたダイヤ改正により新型車両で運転している187系特急「スーパーおき」は、それまで181系特急「おき」として運転されていた。鳥取・米子−小郡間に運転され、一時期は下関発で運転されていた時期もあった。

 96年当時、大阪−鳥取間の「エーデル鳥取」に乗務の米子車掌区の車掌が、「おき5号」に引き続き乗務して米子まで戻っていた。車両は後藤総合車両所のキハ181系3連が使用され、運用は下記の通りであった。

1.米子−くにびき2号−鳥取−くにびき1号−益田
2.益田−くにびき4号−鳥取−おき5号−小郡
3.小郡−おき2号−鳥取−くにびき3号−米子
4.米子−回送−出雲市−通勤ライナー−米子−いそかぜ−小倉−回送−下関
5.下関−回送−小倉−いそかぜ−米子
6.米子−おき3号−小郡−おき6号−米子
7.米子−おき1号−小郡−おき4号−米子

 181系特急は1968(昭和43)年10月改正で名古屋−長野間の特急「しなの」に投入されて以来、上野−秋田「つばさ」、秋田−仙台「あおば」、四国、伯備線などで活躍してきた。現在では、JR西日本の特急「はまかぜ」「いそかぜ」が毎日運転されている他、関西地区の臨時列車などで活躍中である。
 
posted by 城崎かすみ at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月26日

特急はくと83号 (181系 96年8月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急はくと83号について。

 94年に開業した智頭急行(上郡−智頭)は、12月3日に10周年を迎える。山陰と京阪神を結ぶバイパスルートとして誕生し、それまでの城崎や余部鉄橋ルートを走行していた多くの優等列車は同会社線を経由する特急「スーパーはくと」として成長してきた。

 開業当初は、新型特急HOT7000系「スーパーはくと」、181系「はくと」で運転されていた。97年11月改正では、全て新型車両となり「はくと」は姿を消した。「はくと」に使用していた181系は、ATS-Pを搭載していたことから、岡山−鳥取間を智頭急行経由で運転の特急「いなば」に抜擢され、津山線経由の急行「砂丘」を淘汰した。

 2002年夏までは、「いなば」の予備車を活用した臨時列車として181系「はくと」は運転された。冬からは、臨時も新型車両となった。2003年10月からは、「いなば」にも新型特急187系が投入され、智頭急行から181系の姿は見られなくなった。

 智頭急行の優等列車には、基本的に同社の女性車掌が乗務するが、若い男性車掌も乗務しているのを目撃している、運転士になる為のステップなのかも知れない。また、一部列車では、JR西日本鳥取鉄道部や岡山車掌区の車掌が通しで乗務する列車もあるが、智頭急行の車掌が倉吉まで乗務することで、お互いの調整をしている。JRグループでは、夜行列車を除き、原則境界駅で自社の乗務員に交替するようになっており、「スーパーはくと」の担当も見直されるかも知れない。
posted by 城崎かすみ at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月24日

特急ドリームつばめ (783系 95年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急「ドリームつばめ」について。

 95年当時、783系特急などでは、始発駅発車前、終着駅到着前の車内放送で、JR九州社歌「浪漫鉄道」が流れていた。歌っているのは、ハイファイセット。メインボーカルはユーミンのバックコーラスなどもやっていた山本潤子さんである。名曲「卒業写真」は、荒井由美よりハイファイセットという印象が強い。

 04年3月九州新幹線「つばめ」開業により、博多−西鹿児島間を夜行列車として運行されてきた特急「ドリームつばめ」は姿を消した、しかし、日豊線の夜行特急「ドリームにちりん」は783系で健在である。ただし、「浪漫鉄道」は聞くことは出来ない。

 現在では、特急白いかもめ号に乗ると、博多到着前に歌詞の入らないバージョンを聞く事が出来る。
posted by 城崎かすみ at 03:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月23日

消え行く急行列車

 懐かしの列車&車内放送の広場(掲示板)で、急行列車の衰退についての話題が出ている。そこで、手元にある「JR時刻表11月号」(交通新聞社刊)をめくって、どれくらいの急行列車が存続しているのか調べてみた。

 ページの若い順に列挙してみる。定期列車は、次の7つの愛称だけである。
 「銀河」「かすが」「きたぐに」「能登」「つやま」「みよし1〜7号」「はまなす」。「はまなす」以外はJR西日本が絡んでいる。ただし、「かすが」はJR東海の車両である。

 臨時列車も含めると、「シュプール1.3.4号」「ちくま」「御殿場線70周年記念号」「春さきどり号」「「ぶらり鎌倉」「わきわく舞浜・東京号」「なつかしの急行奥久慈号」「急行陸中号」と決して多くない。臨時は快速の多いJR東日本であるが、水戸支社だけは「急行」にこだわりを持っているようだ。

 急行列車の衰退は、列車そのものが廃止になる場合と、発展的消滅パターンとしてJR九州、四国は特急に格上げ。JR東日本は快速に格下げが多い。JR東日本は、長距離列車や特急車両を使用する快速、いわゆる「乗りドク列車」が多い。
posted by 城崎かすみ at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 急行列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月22日

福フチ183系 新チャイム

 特急「北近畿」「きのさき」「たんば」「はしだて」「文殊」「まいづる」に使用されるJR西日本福知山運転所所属の183系特急電車の車内放送用チャイムについて。

 新大阪から福知山を経て城崎へ。京都から福知山を経て天橋立へのコースを思い浮かべて頂きたい。丁度福知山が交点となる「X」のような路線図となる。京都を毎時25分、大阪を毎時12分に福知山へ向う特急は、ほぼ同じような時刻に福知山に到着し、同じホームで相互乗り換えが出来る。この特急ネットワークを「ビッグXネットワーク」と呼ぶ。特急料金も通しとなる。

 前回は、この183系チャイムについて述べたが、新チャイムの番号がいつも掲示板でお世話になっているしまごろうさん調べにより明らかになったので、触れておきたい。新チャイムには、5つの起動ボタンがある。

1.ラバーズコンチェルト
2.中間駅用
3.鳥入りメロディー
4.試験用
5.鳥なしメロディー

 一番良く流れるのが、「ラバーズコンチェルト」である。仮にどれを流さなければならないという決まりがなかったならば、人間の心理として何番のボタンを押すだろうか?一番最初のボタンを押すのが一般的なのであろう。私は素直でないので、3番あたりを押すだろう。
posted by 城崎かすみ at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月21日

特急北近畿11号 (183系 04年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、特急「北近畿11号」について。

 特急「北近畿」に使用している福知山運転所の183系の車内放送用チャイムは、昔ながらの「鉄道唱歌」に代わり、電子オルゴールに交換されている。通常車内放送を行う運転台の放送装置は、3両付属編成の一部を除きほぼ完了した。したがって、4両または6両の基本編成での「鉄道唱歌」はほとんど聴くことが出来ない。

 ただし、例外がある。中間乗務員室(モハ182)にも放送装置があるのである。一時期、チャイムは撤去されていたのであるが、最近復活しているのを確認した。例えば、モハ182−801は「デカンショ節」、モハ182−803は「福知山音頭」、その他、1801〜1803にも新チャイムではないオルゴールが復活している。運転台に新チャイムを投入した際に捻出されたオルゴールを転用したのであろう。ただし、残念ながら中間乗務員室では基本的に放送は行ってない。

 では、どうすればこれらのチャイムを聴くことが出来るのだろうか?答えは、今回のタイトルにある。現在公開中の「北近畿11号」のチャイムは「デカンショ節」であるが、大阪14時12分に発車するこの列車は、大阪駅で最後部運転台に夕刊を積み込むのである。したがって、定位置での車掌業務が出来ない為に、車掌は新大阪発車後の放送を簡単に終わらせ、速やかに中間乗務員室へ移動する。そして、大阪駅でのドア閉めや発車後の放送は中間乗務員室から行うというカラクリなのである。ただし、全ての中間乗務員室に復活しているとは限らないため、新大阪発車後に新チャイムが流れても、大阪発車後はチャイムなしということもあり得る。今まではそのパターンが大半であった。また、休刊日にも注意が必要である。

 では、何故、最初から中間乗務員に乗務しないかというと、編成は京都総合運転所から回送されてくる。EB(非常用ブレーキ)を搭載しているので、普通電車のように車掌の添乗義務はなく、ワンマン運転されている。車掌は新大阪から乗り込む。その際、ドア開閉や尾灯確認、場合によっては車内灯、方向幕調整等がある為に最後部へ乗務するのである。逆に城崎での折り返し運転時などは、最初から中間乗務員室でも支障はない。

 ちなみに「北近畿11号」の運転士は新大阪を発車して、約4分の営業運転で交替という面白い行路である。わざわざ、発車前に車内放送で自己紹介することもないと思うのだが、若い女性運転士さんの気合に好感が持てる。
posted by 城崎かすみ at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月19日

急行味めぐり浜坂 (14系 97年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「味めぐり浜阪」について。

 冬の味覚「松葉がに」が解禁となり、食通達は次々と日本海へと足を運ぶようになる。大手かに料理チェーン店では満足できないものを求めて、やみつきになるようである。私のペンネームでもある兵庫県の城崎・香住も週末中心に賑わいを見せている。

 その輸送を担うのがJRの臨時特急「かにカニ」シリーズである。バブルがはじけてからは、お手軽な日帰りエクスプレス昼食プランが好評を博している。その変遷を振り返ってみよう。

92年度:特急味めぐり北近畿カニスキ(米原・新大阪−城崎)
    急行味めぐり但馬カニスキ(12系レトロ)大阪−浜坂
    急行味めぐり浜坂カニスキ(サロンカーなにわ)大阪−浜坂
    急行味めぐり若狭(セイシェル)大阪−若狭高浜
   
96年度:特急味めぐり北近畿(京都・新大阪−城崎・香住) 485系、181系
    特急味めぐりタンゴエクスプローラー(京都−久美浜)
    特急味めぐり文殊 (大阪−天橋立)
    急行味めぐり但馬(大阪−浜坂) 12系レトロ
    急行味めぐり浜坂(大阪−浜坂) サロンンカーなにわ
    急行味めぐりわかさ(大阪−若狭高浜) エーデル
    特急味めぐりはくと(新大阪−倉吉) 181系

98年度:特急味めぐり北近畿(新大阪−城崎・香住) 183系、181系
    特急味めぐりタンゴエクスプローラー(京都−豊岡) 
    特急味めぐり文殊(大阪−天橋立)
    急行味めぐり但馬(大阪−浜坂) 14系改
    急行味めぐり浜坂(大阪−浜坂) 14系改

■日帰りエクスプレス開始
99年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 181系
    特急かにカニ北近畿(新大阪−城崎・香住) 183系 65系リゾート
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 65系エーデル
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 14系改(1度だけ旧だいせん車12系)

00年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニ鳥取(京都−鳥取) 181系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 65系リゾート

01年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニ鳥取(京都−鳥取) 181系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 58系

02年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニスーパーはくと(京都−倉吉) 7000系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    特急かにカニ但馬(大阪−浜坂) 181系
    特急かにカニ文殊(大阪→天橋立)183系
    特急かにカニはしだて(天橋立→京都)183系

03年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 181系
    特急かにカニ北近畿(大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    特急かにカニ但馬(大阪−浜坂) 181系

大雑把に見ると、このようになる。最近では、客車による運転はなくなってしまった。今シーズンは、京都発香住行きの「かにカニ香住」が消滅してしまった。しかし、「たんば1号」を城崎まで延長運転し、折り返しは、「かにカニきのさき」という愛称が付く。  
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2004年11月18日

特急アーバンライナー (97年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、特急アーバンライナーについて。

 難波−名古屋間を約2時間で結ぶ特急アーバンライナー。最近では、割引きっぷの発売などで、大阪、名古屋の金券ショップでは、片道3100円で購入できる。JRバスが3時間で2900円。新幹線が約1時間で早特きっぷ4250円である。

 アーバンライナーは、毎時0分発。白を基調としたボディーカラーやそのデザインは在来特急とは一線を画する。アーバンライナー「NEXT」というバージョンアップした編成も登場し、さらに、「伊勢志摩ライナー」の黄色いボディーの編成も使用されている。「アーバンライナー」では自動放送が採用され、各駅ごとに様々なジャンルのメロディーが用意されている。全ては公開できていないが、資料館「近鉄特急」で聴くことができる。

 97年11月当時は、車内販売も営業しており、手動チャイムも使用されていた。また、車内改札も行われていたが、最近では携帯端末で発券情報がチェック出来るため、発券実績のない座席の乗客のみに車掌が声をかけるようになった。いいサービスである。
posted by 城崎かすみ at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月17日

特急オーシャンアロー5号 (283系 01年1月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急オーシャンアロー5号について。

 京都・新大阪−新宮間に運転されている特急「くろしお」に新型車両が登場したのは96年7月であった。381系「スーパーくろしお」「くろしお」とは区別され、「スーパーくろしおオーシャンアロー」という長い愛称であった。「スーパー雷鳥サンダーバード」同様、後に簡素化されて「オーシャンアロー」となった。

 パノラマグリーン車の外見は、近鉄特急アーバンライナーにそっくりであったし、貫通タイプの先頭車は、タンゴディスカバリーにそっくりであった。エメラルドグリーンを基調としたカラーリングは後に381系特急や117系普通電車などにも波及し、きのくに線のシンボルカラーとなった。

 国鉄時代は、天王寺鉄道管理局の置かれていた天王寺車掌区の力が絶大であったが、民営化され、大阪支社となってからは新大阪、京都乗り入れが増加し、天王寺車掌区担当の優等列車は近年激減している。逆に、みやこ列車区、和歌山列車区の担当が増えている。「オーシャンアロー」には、オリジナルの車内チャイムが搭載されている。心地いい響きである。
posted by 城崎かすみ at 03:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月16日

急行 能 登 (489系 97年3月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行能登号について。

 かつて、福井−上野(長野経由)間に客車急行「越前」、金沢−上野(上越線経由)間に、客車急行「能登」、寝台特急「北陸」が運転されていた。

 「能登」と「越前」を足して2で割ったような形で、福井−上野間に長野経由で489系電車急行「能登」は誕生した。93年3月のダイヤ改正であった。当時は、長野新幹線もなく、碓氷峠を越えていた。車両は特急「白山」として金沢−上野間を走り、上野到着後は、特急「あさま」として、上野−長野間を1往復し、深夜は急行「能登」として運用されていた。当時は、独特のカラーリングであったが、現在は国鉄色に戻され、貴重なボンネット車両として注目を浴びている。

 その489系も、97年10月長野新幹線開業で、「白山」「あさま」が廃止となり、上越線経由での運転となった。鉄道ファンとすれば、昼間の使用しない時間帯を利用して積極的に車両を活用して欲しいところであるが、JR西日本の所有であるため、自由にはならない。とはいっても、「ホームライナー鴻巣」「ホームライナー古河」でアルバイトをしているのである。

 「能登」編成の運転台の放送装置には、ご当地メロディーが搭載されている。
     金沢発着用:百万石音頭
     長野発着用:信濃の国
     上野発着用:東京音頭
     新潟発着用:佐渡おけさ
     その他  :鉄道唱歌
     モーニング:朝の歌

 グリーン車の放送装置からは、ご当地メロディーが消滅し、「美しき青きドナウ」「カッコウ」「朝の歌」に変更された。上野発車時は、最後部で放送することが多く、「鉄道唱歌」が多用されるが、オリジナルのモノとはアレンジが異なる。上りは「美しき青きドナウ」が多いように思う。せっかくのご当地メロディーも滅多に聞く事ができないのが現状である。
posted by 城崎かすみ at 02:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 急行列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月15日

特急かがやき、きらめき(485系 97年3月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急「かがやき」「きらめき」について。

 いずれも国鉄民営化の翌年88年3月改正で登場した。新幹線との連携で北陸と首都圏との到達時間短縮を目的に設定された。前者は、金沢・福井・和倉温泉−長岡間、後者は、金沢−米原間の運転であった。同区間には、特急「北越」や「加越」といった在来特急があったが、速達化と車内のグレードアップで差別化を図った。

 前者は、ほくほく線の開業により、特急「はくたか」へと発展していった。後者は、東海道新幹線の混雑が敬遠され利用が少なく、車両こそグレードアップ編成であったがダイヤ改正ごとに停車駅が増加し、「加越」と変らなくなってしまった。現在は、新型車両投入により特急「しらさぎ」に愛称統合され、「加越」までも消滅してしまった。現在「きらめき」はJR九州のビジネス特急として博多−門司港間に復活している。

 冬のカニシーズンには、「きらめき」編成を使用し、米原−城崎間に臨時急行「城崎カニスキ号」が運転されていたこともある。後に、「加越」編成使用の特急「味めぐり北近畿カニスキ号」となったが、近年は米原からの運転は見られない。485系ボンネット編成も城崎まで運転されていたのである。

 初めて「かがやき」「きらめき」の愛称を耳にした時、違和感を覚えた。国鉄時代の愛称といえば、花鳥風月、旧国名がトレンドであった。しかし、これがJRなんだ・・・と納得したのである。JR東日本の「E電」だけは馴染めず、現在では死語となっている。その他、「E・Eきっぷ」という特急乗り放題きっぷにも大変お世話になった。最近では、「スイカ」「イコカ」・・・どこまで進歩するのやら。
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2004年11月14日

特急あさしお4号(181系 87年3月)

 鉄道サウンド広場(本館)は、おかげさまでオープン1周年を迎えた。それを記念し、現在「さよなら国鉄特集」を公開中である。その特集より、特急あさしお4号について。

 京都−米子・倉吉・城崎・東舞鶴間を181系気動車で運転されていた。その昔、京都発城崎行の特急「あさしお1号」が宮津線を経由している間に、次発の「あさしお3号」倉吉行が豊岡、城崎に先着するといった面白い現象が見られた。当時の80系特急「あさしお1号」の車内放送は、アーカイブス「B室」の「気動車」編に保存している。珍しい「枯葉」のオルゴールが流れている。京都車掌区が担当していた。

 綾部、西舞鶴、豊岡と3回も方向転換があり、終着城崎に着いた時には多くの座席は京都方を向いていることになる。折り返しは山陰線経由の京都行「8号」となるため、座席転換の手間が省けた。これとは逆に、「5号」は城崎到着後、宮津線経由「12号」となった。豊岡で進行方向が逆になる為に、座席転換する必要はなかったのである。

 車掌は、福知山車掌区の他、鳥取車掌区、京都車掌区、米子車掌区も担当していた。末期は急行丹後白兎からの格上げで1〜12号まで存在したが、96年3月の京都−天橋立間の電化高速化完成により廃止された。その後は、京都−城崎・福知山・天橋立間の特急「きのさき」「たんば」「はしだて」として電車化され、鳥取・倉吉へは、智頭急行経由の特急「スーパーはくと」が主役となった。特急「あさしお」に吸収された「白兎」が、パワーアップして、「あさしお」を消し去ってしまったのである。
 
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2004年11月13日

高知の旅3(高知城・龍馬編)

 高知の旅も3日目は、市街地をぶらぶら散歩する。

 繁華街には、LOUIS VUITTONの単独店舗や全国展開のコンビニやコーヒー店、百貨店、スーパー、専門店など様々な店が営業している。高知にいることを忘れてしまう。帯屋町の商店街などは、広く立派なアーケードであるが最近では郊外のショッピングセンターなどへの客の流出が課題なのだそうだ。利用者へ路面電車のチケットプレゼントなど集客の為の工夫をしている。

 商店街を抜けると、高知城の外堀に出る。隣接して県庁、市役所などの官庁街となる。裁判所があるので法律事務所が多いのは当たり前であるが、病院・開業医が多い。

 追手門と天守閣が1枚の写真に納まる唯一の城である高知城へ向う。追手門を入ると板垣退助の像がある。城内にも名物アイスクリンの立ち売りがいる。天守閣前では、バニラの他に、ストロベリー、チョコ、ゆずなど様々な味があった。3色で200円也。天守閣には400円の入館料が必要。天守閣から望む高知市内もすばらしい。自然環境に恵まれ、適度な都会の生活も可能な高知にパートナーはすっかりハマってしまった。高知に住みたいという。

 日が短くなり、早くも夕闇迫る中、坂本龍馬の生まれたまち記念館へ向う。生家跡には石碑が建つが、多くの龍馬ファンの要望に応える形で最近オープンした施設である。龍馬の育った環境などを知る資料が充実している。坂本家の離れをイメージした空間で一休みし、「龍馬さんへのメッセージ」ノートを見ていると、胸が熱くなる。熱狂的な龍馬ファンは多い。

 夕食は、ひろめ市場で、土佐牛のたたきやクジラ、酒盗など珍味を頂く。この市場は物販だけではなく、屋台村のような雰囲気で、新鮮な海鮮料理から、おふくろの味ような一品料理、中華やインド料理まで何でも食べられる。

 お腹が一杯になると、今度は雰囲気のいいバーへ。パートナーが前回高知に来た時から毎回立ち寄る「BOSTON CAFE」へ。追手筋のワシントンプラザホテルの向かい付近の1階である。アルコールの弱い私は、フローズンフルーツのカクテルをオーダー。マスターの話では、結構高知にハマル観光客は多いらしい。しかし、高知は仕事がなかなかないからね・・・とのこと。常連さんから差し入れの、珍しい刺身を頂く。某有名女子アナとも遭遇。

 私は、仕事の為、高知駅22時20分発土佐電バス「ドラゴンライナー」で名古屋へ戻る。1A席だったが、乗客は4名だった。運転士は2名乗務である。始めはそんなに期待していなかったが、予想以上に高知はいいところだった。パートナーに見送られて、高知駅を後にする。あ〜来てよかった!

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2004年11月12日

さよなら国鉄 (87年3月31日)

 おかげさまで、11月11日で「鉄道サウンド広場(本館)」はオープン1周年を迎えました。今まで多くの方々からご意見・ご指導頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。今後ともよろしくお願い致します。

 1周年を記念して、本館では「さよなら国鉄特集」を企画しました。1987(昭和62)年3月31日の米子鉄道管理局管内の主な列車の車内放送を公開しました。特急「あさしお」「はまかぜ」「いそかぜ」「わかとりライナー」客車普通列車など、今では米子駅で姿を見ることの出来ない列車が大半です。

 国鉄最終日ということで、車内放送や駅の構内放送では新会社のPRが盛んに行われていました。

 今まで本館で公開してきたサウンドの多くは「アーカイブス」で動態保存しています。昨年の11月に立ち上げた際のサウンドは、「さよなら特急金星」「583系彗星」「(一番列車)特急北近畿8号」「80系特急まつかぜ4号」でした。それらも、聴くことが出来ますのでお楽しみ下さい。
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2004年11月11日

高知の旅2(日曜市・桂浜編)

 高知市内では、月曜を除きどこかで街路市が行われている。その中で最大規模を誇るのが毎週日曜に実施される日曜市である。追手筋に約1.3キロ、600店もの露天商が軒を連ねる。生鮮食品中心に刃物や工芸品などまで多種多様である。我々は、名物「いも天」を買い求めた。1袋250円で、一口サイズのサツマイモのてんぷらが数個入っている。癖になる味である。その他、中央公園などでもイベントが催されていた。

 午後は、フリーパス「MY遊パス」(700円)を購入し、五台山経由で桂浜へ向う。乗ってみたいと思っていたボンネットバスに巡り逢えた。バスは小さいが、さほどの混雑もなく約40分のドライブを楽しんだ。五台山へ上る坂道も難なくクリアした。五台山や浦戸大橋から望む高知市内の展望もすばらしい。

 桂浜は、いかにもといった観光地であった。浜も予想以上に狭かった。隣接する水族館のイルカショーの実況が響き興ざめである。さらに、龍馬像横には櫓が建てられ、間近でその横顔を見られるようになっていたが、個人的には邪魔に思える。じっくり下から眺めればいいではないか。決して高所恐怖症の負け惜しみではない。

 真っ暗になり、観光客も我々2人になった頃にはいい感じになってきた。ライトアップされ幻想的に映る岬の先端や漁火、星空・・・砂利浜に寝そべって、他愛もない話でロマンチックなひと時を過ごした。あ〜来てよかった!

 高知中心部へは、路線バスに乗車する。MY遊パスでは、MY遊バスやよさこいぐるりんバス、均一料金エリアの路面電車以外は使用出来ない為、改めて運賃を払う。はりまや橋まで560円だったが、路面電車の始発駅である桟橋5丁目までなら460円で済む。それ程貪欲に乗らなくてもすぐに元は取れる。
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2004年11月10日

高知の旅(土佐佐賀編)

 先週末、高知へと旅立った
 仕事を終えて、神戸まで新幹線、三ノ宮23時44分発のJR四国高速バス「高知エクスプレス大阪11号」に乗車した。本来は宇和島・城辺経由にしたかったが、生憎満席だった。この高知エクスプレスも最後の2席を何とかキープできたのである。今回は一人旅ではないため、最後部のB席、C席のラブラブシートでよかった。通常、夜行便は3列なのだが、最後部は通路が無いため、4列である。三ノ宮を発車するとすぐに消灯。暑さで、途中頻繁に目が覚めたが、気がつくと車内灯がつき、高知市内に入っていた。前には阪急バスが走行しているが、2台での運行であった。やはり金曜の夜行は混むようだ。

 今回の目的の一つ、佐賀町の「もどり鰹まつり」まで時間がある為、須崎から中村へ直行。四万十川の川原で寝転んだ。空は雲もなく晴天だ。時折、飛行機が上空に見える。九州方面へ行くのかな?など、他愛もない会話でのどかな時間を過ごす。

 13時18分発特急南風20号で土佐佐賀へ向う。土佐くろしお鉄道の女性車掌が乗務している。中村で購入した特急券は珍しい硬券であった。土佐佐賀で下車し、黒潮一番館へ向う。祭りにしては静かであったが、徐々に人が集まってきた。私達が到着すると、鰹の汁を振舞っていただいた。更に、地元産品などお土産もいただく。やがて、新鮮な鰹が登場し、タタキつくりを無料体験させていただくことになった。わら焼きの本格的なタタキは初めてだ。何だかウエディングケーキ入刀のような共同作業であった。氷水で身をしめた後、薬味を添えて試食させていただき、大満足であった。あ〜来てよかった!
posted by 城崎かすみ at 06:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月05日

快速ムーンライト八重垣 (14系 01年1月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、快速ムーンライト八重垣について。

 以前は、京都−出雲市間(伯備線経由)の運転で、他のムーンライトとは異なり、B寝台車を連結する珍しい快速であった。朝刊輸送を列車で行っていた国鉄時代には全国各地に夜行普通列車が存在していた。普通列車「山陰」号のリバイバル版のような感じである。しかし、車両が宮原車であることや京都での機回しなどの省力化で運転区間は大阪−出雲市間に短縮されてしまった。B寝台も間もなく非連結となり、14系シュプール編成から一般タイプの14系に車両も変更された。

 米子車掌区担当で当時は2名乗務だったが、最近は1名となっている。急行だいせんの廃止に伴い、年末の運転本数は増えるかと思ったが、例年通りである。比較的すいていた八重垣の自由席(指定席の方が混んでいた)もこの冬からは混雑が予想される。

 B寝台連結時代の車内放送は、チーフがB寝台から行っていた為、美しい音色のオリジナルチャイムが流れていた。現在の一般座席車もオリジナルチャイムである。
posted by 城崎かすみ at 03:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 快速・普通列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月04日

特急スーパーはくと7号 (HOT7000系 01年1月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、特急スーパーはくと7号について。

 京都−倉吉間には、かつて、山陰線経由の特急「あさしお」が運転されていたが、智頭急行線の開業により、こちらがメインルートとなってしまった。車両はHOT7000系で、自動放送装置を備えている。しかし、JR西日本明石車掌区では、丁寧な肉声放送を行っている。当時、下りでは1号、7号に乗務していた。

 上郡以北は明石車掌区やみやこ列車区の車掌は乗り入れず、智頭急行の車掌と交替する。智頭急行の車掌は倉吉まで乗り入れている。また、2往復は鳥取列車支部の車掌が倉吉−京都間に通しで乗務している。智頭急行には女性車掌が中心に活躍してきたが、男性車掌も誕生している。

 運転開始からしばらくは、上り列車の車内放送メロディーはご当地ソング「きなんせ節」、下りは「ふるさと」が流れていた。自動放送でも各駅で流れていた。手動チャイムも同様であったが、数年前のグリーン車導入時期に編成を逆にした為に、手動チャイムが上下で逆になってしまった。

 最近、「きなんせ節」に代わり「大黒様」にメロディーが変更になった。また、最新増備車のチャイムは、音色が異なるようであるが、なかなか出逢う機会に恵まれない。
posted by 城崎かすみ at 03:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月02日

特急雷鳥29号 (485系 01年1月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、特急雷鳥29号について。

 現在、大阪−金沢間で運転されている特急「雷鳥」は、01年3月の改正までは大阪−新潟間にも運転されていた。その列車には、JR東日本新潟運転所の485系が使用され、大阪−金沢間の「雷鳥」1往復や金沢−新潟間の「北越」にも使用されていた。一般の485系を大幅にリニュアルした3000番台のR編成と、シートピッチ拡大と車窓を見やすくハイデッカー改造を施したT編成が共通運用で使用されていた。

 3000番台車は、「スーパー雷鳥」同様のクラシックチャイムに交換されていたが、T編成の多くはオリジナル「鉄道唱歌」のままだった。ただし、T5編成(クハ481−1504、1505が両端)は、末期にクラシック化された。このT5編成の名残が勝田に転属となり、現在も臨時列車で活躍している。T5編成の末期の壊れかけた「鉄道唱歌」オルゴールは、珍しい大阪発、越後湯沢行き特急「はくたか7号」で録音している。アーカイブス(JR西日本 北陸)で動態保存中である。

 現在、新潟の485系は、リニュアルの3000番台車がクラシックチャイム。新潟色一般型が「鉄道唱歌」であるが、一部勝田から転属したクハ481−300番台車で特急エンブレムのない車両は旧ひたち時代のJR東日本汎用タイプを搭載している。「北越2号」で録音したものをアーカイブス(JR東日本)に動態保存中である。「ムーンライトえちご」に使用の国鉄色一般型は、青森から転属の車両でクラシックチャイムである。
posted by 城崎かすみ at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 特急列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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