2006年03月31日

特急サンダーバード 観光キャンペーンステッカー(06年3月)

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 JR東日本・JR東海・JR西日本は、4月1日から3社タイアップによる「Japanese Beauty ホクリクキャンペーン」を実施する。そのPRの為に、特急サンダーバードの運転台横にステッカーが貼付されている。30日から、3社トリプルネームによるCM放映もスタートした。

写真は、29日の特急「びわこエクスプレス」(京都駅にて)
北陸3県と琵琶湖の形ってイラストで見ると何となく似ていませんか?

 4月1日からは、鳥取・島根県では「山陰デスティネーションキャンペーン」も開幕し、日本海側に注目である。せめて、この期間中だけでも、寝台特急「出雲号」の復活運転を期待したのだが無理だった。

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名古屋市 地下鉄全駅にメロディー導入(07年度)

 名古屋市交通局は、2007年度中に、列車接近を知らせる駅ホームのアナウンスにメロディーを全駅で導入すると発表した。

 昨年10月から名城線・名港線で試験的に導入されているが、利用者から好評だった為に全駅への拡大を決定した。曲は「すすきの高原」「あざみ野」など4種類あるそうである。名城線・名港線で現在導入しているのはJR東日本と同じ電子音楽である。

 昨年12月、交通局が同線の利用者753人に行ったアンケートによると、7割強の572人が「メロディー」を支持した。駅のイメージについては、「良くなった」が515人(69%)、「変わらない」が213人(28%)「悪くなった」が25人(3%)だった。

参考:中日新聞(29日朝刊)
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西鉄 宮地岳線部分廃止決定(07年4月) 

 30日、西鉄は、宮地岳線(貝塚−津屋崎、20.8キロ)の内、西鉄新宮−津屋崎間9.9キロを来年4月1日に廃止すると正式発表した。31日に九州運輸局に廃止届を提出する。

 宮地岳線は、並行するJR鹿児島線などとの競合もあり収益が悪化。利用者は1992年度をピークに減少し、毎年約5億〜6億円の赤字を計上している。

 同線は、ワンマン運転の為、テープ放送であるが、車内放送メロディーに地元出身歌手・チューリップの「サボテンの花」や「心の旅」が使用されており、何ともほのぼのとした雰囲気であった。西鉄では、かつて地元出身のチェッカーズや海援隊、松田聖子などの楽曲を車内放送メロディーに使用していた。

参考:西日本新聞HP

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新交通システム「桃花台線」廃止決定(06年9月)

 28日、愛知県と小牧市は、多額の累積赤字を抱える愛知県小牧市の新交通システム「桃花台線」(小牧−桃花台東、7.4キロ)について、運転資金が枯渇する今年9月をめどに廃止すると発表した。新交通システムは全国で11路線運行されているが、廃止は初めてとなる。

 同線は、愛知県が開発したニュータウンの足として1991年3月開業。名鉄小牧線と接続し、延長7・4キロで7駅を結ぶ。運営会社の桃花台新交通には県が46%、小牧市と名鉄が各10%出資している。

 沿線住民や利用者からは県や市の見通しの甘さを指摘する声が多い。愛知県には、その他「あおなみ線」や「リニモ」など今後の経営に不安を抱える鉄道もあり、民間レベルでは元気なこの地域もお役所の仕事となると話は別である。

参考:中日新聞(29日朝刊)

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2006年03月30日

特急日本海3号(24系 06年3月)

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 29日、仕事を終え大阪から名古屋へ帰る。大阪駅では、丁度、特急「日本海3号」の入線時刻であった。たまには寄り道をして帰ろう。

 20時03分、トワイライトエクスプレス塗装のEF81型機関車に牽引されたブルートレインがゆっくりと入って来た。「日本海2・3号」の客車はJR東日本青森車両センターの所属である。JR西日本宮原総合運転所の「銀河」「日本海1・4号」の編成とは逆で、京都方に電源車、次いでA寝台が連結されている。開放式2段A寝台車は貴重であるし、24系24型も珍しい存在である。

EF81−43 敦賀
カニ24−116 盛アオ
12.オロネ 24−  5
11.オハネフ25−201
6.オハネ 25−210
5.オハネ 24− 49
4.オハネフ25−117
3.オハネ 25−216
2.オハネ 24−  7
1.オハネフ24−  8
 
 高校野球関連なのか、11号車中心に高校生の団体客が乗車。発車前には、電子音で「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが流れ車内放送が車内販売がないことや盗難の注意を促す。先日のダイヤ改正で、特急「日本海」は青森−函館間が廃止されたものの、2往復体制は維持された。1号は大阪発車時点ではガラガラであるが、3号は結構乗っている。JR東日本のことだから、運行時間帯の見直しにより、いつ1往復体制になってもおかしくない。「あけぼの」が安泰のうちは大丈夫かもしれないが・・・。

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伊丹空港 さよならジャンボ機(06年3月)

 騒音対策や関空の利用促進で、大阪空港へのジャンボ機(ボーイング747)の乗り入れが3月31日以降禁止される。滑走路近くの見物スポットでは、航空ファンで連日にぎわっている。

 同空港には、現在500人乗りのジャンボ機が1日約20便離着陸している。乗り入れ禁止は一昨年に国土交通省が決めたもので、利用者や航空関係者の意向を無視した対応には呆れてしまう。

参考:神戸新聞HP

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2006年03月29日

JR西立川駅 発車メロディーに「ユーミン」採用!!(06年3月)

 JR東日本八王子支社は、3月31日から6月30日まで、青梅線西立川駅の発車メロディーに松任谷由実さんの「雨のステイション」を流す。「雨のステイション」は1975年(昭和50年)に作詞・作曲されたもの。

 どんどん進化する発車メロディーであるが、有名歌手の曲が発車メロディーに採用される例はまだ少ない。JR四国の「瀬戸の花嫁」は有名である。サザンオールスターズの地元茅ヶ崎駅も彼らの曲を発車メロディーにという運動もあったがどうなったのだろうか?

参考:交通新聞

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格安バス 新潟−東京間3,500円!!(06年4月)

 4月1日、このブログでも以前紹介したことのある旅行業のビジネストラベル(兵庫県)は、新潟−東京間のバス運行を始める。

 一般の高速路線バスと異なり、旅行業法に基づく「観光バス」扱いだが、路線バスと同様に利用できる。運賃は片道3,500円で、同路線の格安バスは楽天トラベルが扱っている商品に次ぎ2例目となる。

 新路線は「新潟ライナー」の愛称で、43人乗りの観光バスを使用する。新潟市のデッキィ401と新宿駅西口経由JR東京駅八重洲口の間を夜行便1日1往復する。昼間便1往復は3,300円であるが、運休中となっている。
 
 各業界とも価格破壊が拡大していっているが、行き過ぎによる安全面への影響が懸念される。航空業界を見ていると、安心して乗ってられない。世の中2極分化がすすみ、価格の為には偽装やコンプライアンス無視もやむを得ない・・・小泉構造改革の負の遺産?

参考:ビジネストラベル高速バスツアーHP

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2006年03月28日

JR石巻線 漫画キャラで活性化(06年3月)

 26日、JR仙石線で、土曜・休日を中心に運行されている快速列車「マンガッタンライナー」の運行3周年記念イベントがJR石巻駅前広場や市内の飲食店などで行われた。

 仙台駅からの「マンガッタンライナー」が石巻駅に到着すると、シージェッター海斗やロボコンはじめ、石ノ森萬画館の「みやぎのキャラクターカーニバル」に参加しているキャラクターたちが改札口で乗客を出迎えた。そして、サンマつみれ汁の無料サービスや漫画で町おこしを進める石巻の歓迎を受けた。

 また、市が設置した「からくり時計」の除幕式も行われ、子どもたちの人気を呼んでいた。からくり時計は高さ3.5メートルのステンレス製。頂部にシージェッター海斗のフィギュアが取り付けられ、午前7時から午後7時まで1時間毎に胴の部分が下がり、サイボーグ001やさるとびエッちゃんなど故石ノ森章太郎氏が生んだ6種類のキャラクターが踊るようになっている。

 漫画キャラクターで町おこしをしている代表と言えば、境港の「ゲゲゲの鬼太郎」が真っ先に思い浮かぶが、東の代表は石巻といったところか?東京都の亀有駅前には、「こち亀」の両津勘吉の銅像が建立されたし、高知ではアンパンマンミュージアムなど事例は多い。

 快速「マンガッタンライナー」の車内放送は、「ロボコン」(声優:山本圭子)が担当していたが、今でも続いているのかな?

参考:三陸河北新報社HP

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2006年03月27日

山陰線に観光列車導入(07年3月)

 JR西日本は、下関、長門市の両市と共に、山口県の新下関−仙崎間(80キロ)に観光列車の導入を計画している。両市が事業費を負担して列車を改造し、2007年春のダイヤ改正に合わせたデビューを目指す。

 以前、同地域には「きのくにシーサイド」編成を使用した観光列車を走らせた実績がある。日本海の美しい眺望が魅力で、JR東日本五能線の「リゾートしらかみ」やJR西日本呉線の「瀬戸内マリンビュービュー」に勝るとも劣らない観光客の入り込みが見込まれる。両市は、昨春の大合併により隣接するようになり、観光での広域連携の第一歩となる。

 観光列車は2両で、多分「瀬戸内マリンビュー」のような感じになるのだろう。今後、三者協議により、6月頃迄に、名称や停車駅などを決定し、改造コンセプトなどをまとめる。改造費は8千万円で、距離に応じて、下関市が6,497万円、長門市が1,503万円を負担する。

 長門市商工観光課では、日本海ならではのスローな旅が新しい魅力と感じられるよう知恵を出したいと準備をしている。列車の旅そのものは勿論、これまであまり知られていない沿線の名所や体験型施設などの案内も想定する。

 かつては、特急「まつかぜ」や「さんべ」など優等列車も運転されていたが、現在では長大ローカル線化している。個人的は、さらに広域な連携を目指し、新下関−東萩・益田あたりまで運行して欲しいところである。

参考:中国新聞HP

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2006年03月26日

特急「出雲」乗車記 完結編(06年3月)

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 鳥取駅は45分遅れの8時52分に発車した。鉄道ファンだけでなく、通常の用務客が自由席特急券で乗車する。3、4号車は各ボックスともに2〜3名程度は着席している。沿線の有名な撮影地にはカメラマンも多く、DD51の汽笛も今まで以上に増える。

 食堂での販売も落ち着いたのか、鳥取を出るとコーヒーや弁当の車内ワゴン販売がやってきた。最終日は終着出雲市まで営業だったが、この日は倉吉で下車していった。

 あいにく、大山は中腹からすっぽりと雲に被われている。翌日は、御来屋通過後に大山の車窓案内放送が流れたが、この日はなかった。淀江付近にも有名なカーブがあり、多くのファンがカメラを構えていた。

 オルゴールが流れ、米子到着放送が始まる頃、左側から電化された伯備線の線路と合流する。東京から乗務してきた車掌はここで交代である。2日前、米子から出雲市まで「出雲」に乗務し、夕方の「出雲」で東京へ向う。そして、昨晩東京発の「出雲」で米子までの乗務となる。

 米子駅では、次の車掌が待機しており、引継ぎが行われる。最後の乗務で名残惜しいのか特に念入りに見える。「お疲れ様でした・・・」車掌区へと帰っていく車掌さんの後姿が寂しそうだ。

 1号車出入口付近から前方は立ち入り禁止となっており、写真撮影は出来ない。したがって、後部で繰り広げれている「切り離しショー」に注目が集まる。9号車から11号車が切り離される。後方からDD51がゆっくりと接近し、最後は神業のようにカッチャンと連結器が繋がる。乗客は全く気づかないのではないか?というくらいのプロの技である。

 米子駅は、43分遅れで発車。車掌が交代の為、改めて車内の詳しい案内が流される。「車掌は米子で交代いたしました。JR西日本の・・・」と自己紹介も行われる。

 東松江を過ぎ、中海と宍道湖を結ぶ大橋川が見える頃、松江の観光案内などの車内放送が流れる。松江では、後からやって来る「やくも3号」と「スーパーおき3号」を先に通す。松江駅でも撮影会である。JR米子支社は、先日、保線作業中の係員を特急やくもがはねる死傷事故を起こしており、安全には特に気を遣っていた。主要駅だけでなく、通過駅や有名な撮影地にも社員や警備員を派遣し、万全の体制で安全確保に努めていた。

 「出雲」に乗るのが目的の乗客が多く、「やくも」「スーパーおき」へ乗り換える人はごく僅か。先回りして写真でも撮ろうというのか?乗り鉄でもある私のポリシーとすれば、始発から終着まで完璧に乗り通さなければ納得が出来ないのである。

 宍道湖の案内が流れ、「出雲」はラストスパートとなる。出雲空港の管制塔や航空機の尾翼も見える。時刻は11時30分を過ぎている。この「出雲」が米子を発車する頃羽田を出発した航空機がもうすぐ出雲空港にやってくる頃だ。

 斐伊川の堤防にも多くのファンが待っていた。出雲市到着と観光案内放送が終る頃、右側から一畑電鉄の線路が寄り添う。約1時間遅れの11時53分、出雲市に到着した。冷静に考えると結構な長旅なのだが、全く退屈することなく、まだ名残り惜しさを覚えながら、一夜を過ごした寝台を離れる。ホーム先端ではDD51の撮影会だ。12時頃、長笛一声、多くのファンに見守られながら基地へと引き上げていった。

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2006年03月25日

特急「出雲」乗車記 雪の山陰編2(06年3月)

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 豊岡を発車をし、円山川に沿って日本海目指して北上する。車窓は、相変わらず吹雪いている。豊岡方面への通勤の自家用車も、思わぬ雪で徐行渋滞となっている。城崎温泉では、本来香住ですれ違うはずの特急「はまかぜ2号」と交換。余部鉄橋は無事に通過してきたようだ。

 竹野駅を通過して最初のトンネルを出ると日本海が姿を現す。「哀しみ本線日本海」・・・吹雪の車窓を眺めての旅はまるで演歌の世界である。私の実家のある柴山駅もあっという間に通過した。幼少時代からここで「出雲」の写真を撮り続けたが、同駅と「出雲」の組み合わせはこれが最後だ。

 香住からは、寝台券なしで乗車できる。私は6号車の為、途中駅での乗車はなく終着までゆっくり寛ぐことが出来る。香住は約20センチの積雪であるが、夜間無人化となる同駅ホームの除雪は行われていない。数名下車した乗客は雪のホームを罰ゲームでもさせられているかように雪中行軍となる。

 NHKの連続ドラマ「ふたりっ子」のロケ地ともなった鎧駅を通過すると、余部鉄橋通過の予告放送が流れた。列車は約45分遅れのままだ。今日はまだ風による抑止がないだけマシなようである。

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 列車は余部鉄橋へさしかかる。視界はよくないが、お立ち台には20〜30名程度はいただろうか?後日私もお立ち台で撮影したが、日中でもこの季節待つのは辛い。まして、列車が遅れているときなどトイレにも行けない。あれだけ居れば、列車の運行情報くらい入手できていたかもしれないが・・・。昔は、私もよくほんの一瞬のシャッターチャンスの為に何時間も根気強く待ち続けたものだ。

 8時12分、浜坂から車内販売が営業開始する。車内放送が流れると、30名程度が行列をつくる。本来は、鳥取までの営業であるが、混雑の為、今日は倉吉までの営業となる。駅弁は、アベ鳥取堂調製のかに寿司と「さよなら出雲」弁当がある。私は後者を選択。お茶つきで1000円。昨晩東京駅で購入分も1000円、この後、米子で購入する米吾調製のものが1100円である。私の好みは、米子、東京、鳥取の順である。パッケージも各地それぞれ個性的である。

 また、「出雲」グッズとして、方向幕のキーホルダーやステッカー、サボのレプリカなどが販売されていたが、どれも割高であった。しかし、飛ぶような売れ行きで驚く。ちなみに、一人1個限りであるが、何度も行列に並び購入する人も多い。

 鳥取県に入ると、天候は小康状態となり、積雪量も少なくなってくる。50分遅れで鳥取に到着した。

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JR貨物 スーパーグリーンシャトルの愛称募集(06年3月)

 3月ダイヤ改正で、東京(貨物ターミナル)−大阪(安治川口)間に、31フィート用コンテナ専用列車「スーパーグリーンシャトル列車」が運行を開始した。同社と全国通運連盟では、この列車に相応しい愛称を募集している。4月10日が締め切りで、こちらから応募できる。

 下りが東京21時46分に出発、翌5時07分大阪着。上りが、大阪22時42分発、東京6時42分着となっている。ブルートレイン「出雲」が廃止され、「銀河」「富士・はやぶさ」も存続が危ぶまれている中、航空業界のように新規会社が設立され、JR貨物に運行を委託するなどの対応は出来ないものか?

参考:JR貨物HP

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2006年03月24日

特急「出雲」乗車記 雪の山陰編1(06年3月)

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 品川駅手前でしばらく停車し、動き出したと思いきや再び品川駅で停止した。この先、新宿湘南ラインや貨物列車なども東海道本線へ合流してくるから先行列車でつかえているのだろう。21時51分、品川駅を発車した。

 横浜駅ホームは仕事帰りのサラリーマン・OLでごった返している。どの列車も超満員で大変だろう。そんな場違いなところに「出雲」は到着した。いつもは羨望の眼差しを感じるのだが、今日はさすがに気まずい視線が伝わってくる。こういう時は早く出発させて欲しい。

 6号車に乗車していた為、車内改札がやってきたのは、大船付近。11号車の車掌と1号車の車掌が同時にやってきた。車掌から「さよなら出雲」のオレンジカードを購入した。山陰の各駅ではほぼ完売したようだが、車掌はかなり枚数を持っている。最終日の下り鳥取手前で最後の1枚が完売したようで、乗り鉄の人はほぼ全員購入できた筈だ。横浜を出ても一部区間で徐行がある。平塚駅手前の相模川鉄橋の上でも数分停止した。平塚を通過したのは22時47分。車内の灯りが少し暗くなる。

 23時、小田原駅手前でオルゴールが流れ、「おやすみ放送」が流れる。就寝前に車内の様子を観察する。3月13日東京発の小田原付近での乗車人員は下記の通り。

  カニ  24−110
1.オロネ 25− 10 10名
2.オハネ 25−221 16名
3.オハネ 25− 35 19名
4.オハネフ25−122 16名
5.オシ  24−701 19名
6.オハネ 25−209 21名
7.オハネ 25−150 21名
8.オハネフ25−203 15名
9.オハネ 25−146 15名
10.オハネ 25− 36 16名
11.オハネフ25−123 15名
(8〜11号車は東京−米子間)合計183名

 3日前に寝台券購入時、東京−出雲市間では残席40だったが、意外に空席が目立つ。この先、浜松までは乗車があるからこれが最終的な乗車人員ではない。これでも廃止発表前の2〜3倍は乗っている計算だ。

 熱海を23時27分に発車。46分遅れである。翌朝に備え、仮眠を取る。深夜何度か目が覚める。外を見ると、一面真っ白で、雪を舞い上げながら列車は走行している。時計を見ると3時。ここは何処?上越国境を通過したのではと錯覚するようなギャップである。3時2分大垣駅の駅名票が読み取れた。再び、夢の中へ。京都4時25分着、やはり46分遅れ。なかなか遅れは取り戻せない。機関車がDD51へと交換される。先頭車付近では早朝にもかかわらず大勢のファンが撮影しているのだろうが、今の私にはそんな元気はない。再び、夢の中へ。

 車窓は既に明るくなっている。軽快な走行音に耳を傾けながら流れ去る景色を眺める。6時05分高架の福知山駅に到着。45分遅れである。旧地上駅の線路もほとんど撤去されている。天気は良好で、積雪などない。昨晩のあの大雪は何だったんだろう?

 福知山を発車し、夜久野越えへ向けての勾配が続く、しだいに積雪が見られ、下夜久野付近からは真っ白になってきた。和田山駅では、「北近畿2号」が待機していたが、車体は雪まみれであった。外は雪が舞い始め、積雪も20センチ程度となっている。窓ガラスにも雪が付着しては、流れ去る。昔、旧型客車で2時間かけて通学していた頃が懐かしい。冬は除雪作業などで9時間くらいかかった事もいい思い出だ。今回は、そこまで酷くはないが、雪見乗車は楽しい。6時40分、オルゴールが流れ、おはよう放送が始まる。豊岡には45分遅れの7時05分に到着した。

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2006年03月23日

特急「出雲」乗車記 東京出発編(06年3月)

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 寝台特急「出雲」。幼少時代から上京の際はよく利用した。家族旅行で初めて上京の際は、ブルートレイン「いなば」(後の「出雲2号」)だった。まだ東北新幹線がなかった時代、上野発の優等列車録音の為、上京する際は「出雲2号」だった。大学進学で上京の際も「出雲2号」だった。

 そんな「出雲」に惜別の想いを込めて、3月13日、始発東京駅から終着出雲市駅まで乗車した。小生は、名古屋在住の為、一旦東京へ出なければならない。今回は、「山陰ゾーン券」で現地で乗りまくる為、中央西線の鶴舞駅から中央東線(東京経由)でゾーン入口の鳥取までの一筆書きの「ゆき券」を利用する。帰りは、素直に鳥取から鶴舞まで山陰・東海道線経由である。

 特急「出雲」の前に、特急「富士・はやぶさ」を見ておきたい。最後まで生き残っている東京発の九州ブルトレである。品川の基地から東京駅まで牽引する機関車は、この後の「出雲」の運用に入るEF65である。下り方には「出雲」のヘッドマークが既に取り付けられており、客車から切り離されると、EF65「出雲」の写真撮影会の開始である。

 特急「出雲」同様、113系電車も東海道線東京口から姿を消すという事もあり、東京18時13分発熱海行に乗ってみる。しかし、発車直前に横須賀線鶴見付近の踏切で人身事故が発生。東京駅で運転を見合わせるという。折角、最後の113系の録音をしておこうと思ったのに・・・。車内で待機すること40分、運転再開が決定。品川までなら十分乗れる。しかし、車内は激混み。余裕で座っていたのだが、品川で下車できなかったら洒落にならない。発車間際に一旦降り、再度お尻から体を押し込むようにドア付近に滑り込んだ。最後に相応しい思い出深い乗車となった。

 品川往復の後、東京駅エキナカで食事や書店での情報収集で時間を費やす。駅弁屋さんを覗くと、「さよなら出雲特製弁当」が目に付いた。10日間日替わりで包み紙の写真が変わるのだそうだ。中身は若干グレードの高い幕の内弁当である。思わず買ってしまう。

 発車時刻が過ぎた21時15分、東京駅10番線に、「出雲」が回送で入線してきた。機関車付近には大勢のカメラマンが集まっている。

 21時31分、特急「出雲」は21分遅れで東京駅を発車した。いつもながら、通勤列車を横目に優等列車に乗るのは何とも心地いい。この優越感のような独特の雰囲気が汽車旅の楽しさである。バックには、早速「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが流れ、列車遅れのお詫びと車内の案内などの放送が始まった。放送が終わり、品川の車両基地付近で列車は止まってしまった。先行列車がつかえているようだ。この先どうなることやら・・・。別に急ぐ旅でもなく、食料は十分確保しているし、長期戦は望むところだ。昨日から兵庫県北部は風雪が強く、大雪警報が出ている。この先、どんなドラマが待っているのか・・・。

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2006年03月22日

サンライズリレー号運行開始(06年3月)

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 「サンライズリレー号」・・・聞き慣れない愛称だな?と思われる方は多いと思う。時刻表にもそんな列車名など載っていない。

 3月18日、ダイヤ改正初日。この日の夜から運転開始の「スーパーいなば92号」に付けられた別称である。JR西日本米子支社では、ブルートレイン「出雲」を廃止した見返りとして、鳥取から智頭急行線経由で上郡駅で寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」に乗り換えできるリレー特急を新たに設けた。その出発セレモニーが、初列車の発車に合わせて鳥取駅で行われた。

 セレモニーを行うほどの列車でもないのだが、「出雲」廃止のダメージを極力抑え、豪華寝台特急への新ルート誕生といった発展的なイメージにすりかえようとしているのがミエミエである。駅コンコースでも、「ありがとう出雲」パネル展示と併せて、「サンライズ出雲・瀬戸」の豪華設備とトクトクきっぷのPRもしっかり行っている。

 セレモニーの来賓挨拶でも、鳥取県の政策担当者は「出雲」廃止の無念さをあらわにしていた。もっと早い段階で、JRと協調して対策を打っていたならば・・・。今後は、JRとの連携を密にし、利用者・住民の声をどんどん伝え、協力体制を構築したいと前向きな考えを表明している。

 挨拶に続き、乗客・車掌・運転士へ花束贈呈が行われた。車掌は、岡山車掌区が通しで担当する。ちなみに、「サンライズ瀬戸」編成には岡山車掌区の車掌、「サンライズ出雲」編成には米子車掌区の車掌が乗務している。
 
 発車時間が近づき、来賓の出発合図で、「いい日旅立ち」をBGMに特急「スーパーいなば92号」は岡山へ向けて出発した。

 この列車の増発で、岡山から鳥取への出張も便利になるという副産物もできた。ただし、鳥取駅前のホテルの宿泊客数に影響を与えるほどではないだろうが・・・。初日の岡山行きには、25名が乗り込んだ。この内何名が上郡から「サンライズ」に乗り換えたのかが気になるところである。JRは、あくまでも、上郡で乗り換える人の便宜を考えて設定したもので、岡山までの乗車が多いと、喜んでいいものか微妙な感じになる。しかし、鳥取から「出雲」に乗車していた人の数を考えると、半年くらいで廃止になりそうな予感もするが、ハズレる事を祈る。

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2006年03月21日

最終「出雲」乗車記(下り編 06年3月)

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 3月18日、ダイヤ改正初日を迎えた。鳥取駅から特急「はまかぜ2号」で香住へ向う。大阪・京都へはこの後の特急「スーパーはくと」の方が先着となるため、鳥取から乗車する人はほとんどいない。実質は、浜坂始発のようなものだが、夜間の車両清掃・整備等の都合で鳥取鉄道部への回送を兼ねた営業運転と考えたほうがよさそうである。

 特急「はかまぜ」に使用されている181系気動車は、「出雲」が現状のブルートレインになる前から活躍している老兵である。鳥取を出ると、放送案内がガラガラの車内に流れる。昔ながらの「アルプスの牧場」のオルゴールも前後に流れる。放送が終ると、鳥取市街地の高架区間が途絶え、上り勾配が始まる。旧式のエンジンが唸る。国鉄サウンドを十分満喫できる列車だ。今でこそガラガラであるが、廃止が発表されると、また大勢のファンがやって来るんだろうな・・・。浜坂では、「出雲」の車内販売に折り返し乗務するスタッフ数名が下車した。

 香住で下車し、折り返し下り最終「出雲」に乗車する。この1週間、天候不順やトラブルが続出し、遅延が目立ったが、最終日は定時で香住まで運行されている。とはいっても、昨日までより若干遅い特別ダイヤでの運行である。今までなら、香住で「はまかぜ2号」と交換していた。

 香住駅でも最終「出雲」を撮影しようと大勢のファンや地元の方々が集まった。当駅からは、寝台券なしで乗車できるため、数名が乗り込む。数分後に余部鉄橋を渡る。お立ち台には入場制限が必要な程のカメラマンが詰め掛けたようである。

 浜坂到着直前では、危険回避の為の非常ブレーキが使用されるトラブルが発生した。ここから、若干の遅れが始まった。車内販売クルーが乗り込み、食堂車売店での営業が始まる。グッズは相変わらずの人気で、マニアの武勇伝によると、豊岡手前くらいからスタンバイしてサボやステッカーのセットを購入したという。あまり興味なかったので、軽く聞き流したが、何が何セット販売で、上りにの車内販売だと・・・などマニアックな情報が次々と語られる。私は3日ほど前、鳥取発車後に方向幕のキーホルダーを一つ購入したが、950円とかなり高い。

 鳥取では急病人発生の為、10分程度遅れての発車となった。ヒルネ乗車もあり、3、4号車は適度な乗車だ。私が乗り込んだ区画は、上段が2つ未使用であった。下段は一つはカーテンがされたまま(食堂車あたりへいっていたのか?米子で戻ってきて下車した)。もう一つは既に下車していた。

 鳥取県に入ると、沿線での注目度も高く、各地で最後の「出雲」に手を振ったり、カメラを向ける人が増える。湯梨浜町青崎踏切付近には40名余りが集まるなど、有名な撮影地は多くの三脚が立てられファンが通過を見守っていた。

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下り最終「出雲」
DD51−1179 後藤
  カニ  24−110
1.オロネ 25− 10
2.オハネ 25−221
3.オハネ 25− 35
4.オハネフ25−122
5.オシ  24−701
6.オハネ 25−209
7.オハネ 25−150
8.オハネフ25−203
9.オハネ 25−146
10.オハネ 25− 36
11.オハネフ25−123
(8〜11号車は東京−米子間)

 「出雲」の車掌は、2日前、米子から下り「出雲」で出雲市まで乗務し、折り返し夕方の「出雲」で東京まで乗務する。そして、この最終「出雲」に乗務して米子で交代するのである。2日前、宍道湖の案内はなかったし、今回、余部鉄橋、大山の車窓案内は行われなかった。車掌によって、車内放送の内容やチャイムの回数は異なる。

 米子駅には6分程遅れて、3番線の到着となる。1号車と11号車がホームから外れる。後部3両切り離し作業と特急「やくも」の追い越しで10分余り停車する。ホームから車両を観察すると、各所で、「ありがとう出雲」などと書かれた紙が窓に貼られていたり、LEDで「出雲」のヘッドマークを表示させたりと本格的なものまで、皆さん色々工夫してラシトランを楽しんでいる。

 米子で交代した車掌氏も最終ということもあり、各駅でハイケンスのセレナーデのオルゴールを各駅前後で流して頂いた。車内もかなり空いて、本当のラストスパートが始まった。静かな車内に、最後の出雲市到着のアナウンスが流る。斐伊川の堤防にも多くのファンが集まっていた。一畑電鉄線と合流し、11時20分終着出雲市に到着した。

 到着後は、ホーム先端で撮影会だ。出雲市駅では先頭の機関車も撮影が可能である。A個室寝台はだれかのいたずらか?「出雲 浜田行」の方向幕となっていた。11時30分、長笛一声、回送「出雲」は車庫へと引き上げていった。

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2006年03月20日

最終「出雲」乗車記(上り編2 06年3月)

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 列車が夕陽の美しい宍道湖畔を走行する頃、最前部オハネフ25乗務員室横へ行ってみる。先客が1名いたが、すぐに場所を譲っていただいた。貫通扉越しにDD51−1186の力強いエンジン音や時折り響く汽笛の音を楽しむことが出来る。1186号機は、お召し列車を3度も担当した名機で、運転台横にはブルートレイン札が掲げられていた。前面展望は出来ないが、DD51には前後にヘッドマークを付けており、「出雲」と睨めっこをしながらの旅も楽しい。

 松江では、特急「やくも」を先行させる。米子では、前に3両増結などでまとまった停車時間があり、随所で撮影会が繰り広げられる。ただし、有効長ぎりぎりの長大編成で運行の為、機関車や最後部がホーム先端ぎりぎりや外れることが多く、皆100%満足の撮影とはいかないようだ。しかし、安全第一、やむを得まい。

 米子からは、車内販売が乗車する。「さよなら出雲」特製弁当は1,100円で、米子の駅弁屋さん製造のもの。下りのそれは、鳥取の駅弁屋さんのもので、中身、パッケージ、金額は異なる。個人的には米子の方が好きである。グッズも、下りよりも1〜2種類多いそうだ(マニア談)。

 米子からは、最後の旅を楽しもうと立席特急券利用者の乗車がかなりあり、ヒルネ対象車の3、4号車の空きボックスはなくなった。

 米子発車後の車内放送も終わり、車窓も暗くなり退屈になる為、鉄道ファンとの会話を楽しむ。わざと何も知らない振りをして、聞き役に徹すると、ファンは次々と武勇伝を熱く語るから面白い。前述のグッズの件もそうであるし、食堂車に引退記念の特製スタンプもあることなど思わぬ情報も得られた。

 倉吉駅では、ホームに蛍の光が流れ、「ありがとう出雲」の横断幕を持った地元の方々の見送りで出発した。発車後、ハイケンスのセレナーデのオルゴールが流れ、再び特急「出雲」の歴史とお別れアナウンスが流れた。

 車内改札時には、寝台券提示の乗客に記念乗車証が渡される。通常より少し大きめの立派なものだ。多分、ネットオークションなどで高値がつくのだろうが、鉄道に関心のない人からすれば唯の紙切れである。普段ひいきにしていたスーパーマーケットが閉店になってしまうといって、最終日に買物へ行き、記念に最後のチラシをとっておくようなものかも知れない。

 鉄道ファンの武勇伝を聞いているとあっという間に鳥取に到着した。セレモニーを見学するために、多分会場付近となるであろう9号車付近まで移動する。ホームから会場付近へは報道関係者以外立ち入り出来ない可能性もあるが、下車客を排除は出来ないであろうとの武勇伝氏のアドバイスを参考にした。ドアが開く前から、MDの録音はONにし、VTRを回す。丁度、一日駅長が出発合図を行うところだ。

 遅れの為、鳥取では運転士交代し静かに発車していった。汽笛くらい鳴らせばいいのに・・・。山陰の人は控えめな人が多いようで、静かに見送る。もっと感情を前面に、「さようなら〜!」ってやって欲しかった。報道によると、ホームには約400人余りが集まったという。

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 「出雲」が去った後、JR米子支社長の挨拶が行われた。来賓あいさつで、厳しい言葉もあったようだ。18日に行われた「スーパーいなば92号(サンライズリレー号)」のセレモニーでは、鳥取県の交通政策担当者から前向きな言葉がありホッとした。詳細は、またの機会に紹介する。

 この先、豊岡、福知山の各駅でも「ありがとうセレモニー」があったようだ。

上り最終「出雲」
DD51−1186 後藤
11.オハネフ25−204
10.オハネ 25−214
9.オハネ 25−144
8.オハネフ25−128
7.オハネ 25−141
6.オハネ 25−226
5.オシ  24−702
4.オハネフ25−126
3.オハネ 25−145
2.オハネ 25−224
1.オロネ 25−  9
  カニ  24−112
(8〜11号車は米子−東京間)    

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2006年03月19日

最終「出雲」乗車記(上り編1 06年3月)

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 3月17日、ついにこの日がやって来た。山陰と東京を結ぶ代表列車・ブルートレイン「出雲」の引退である。最終日の寝台券は発売開始1秒で完売という異常なまでの人気である。普段からこの半分でも乗っていてくれれば・・・。

 私は、地元という事もあり、大学進学の際も「出雲」で上京した。東北では、かつて、特急「あけぼの」や急行「津軽」などが出世列車として愛着がもたれていたように、山陰ではこの「出雲」である。しかし、時代の流れには勝てず、老兵は去ることとなった。私の出世までは待てなかったようである。

 17時15分頃、夜行列車の出発にはまだ早い時間であるが、寝台特急「出雲」は始発の出雲市駅1番線に入線してきた。最後の門出ということで、ホームでは盛大な「ありがとうセレモニー」が催された。

 出雲市長のあいさつを拝聴した限り、「サンライズ出雲」もあることから、鳥取県民ほどの無念さは感じられない。それどころか、山陰へのミニ新幹線の誘致への早期実現など大きな夢を語っておられたのが面白い。

 その後、乗客代表・車掌・運転士に花束が贈呈され、来賓による出発合図で、長笛一声、ゆっくりと「出雲」は最後の旅へと出発した。

 地元では、大々的に報道されていた事もあり、沿線には、鉄道ファンのみならず、住民の方々が写真を撮ったり、手を振って別れを惜しんでいるのが印象的であった。お年寄りや、幼児などが国旗を振って見送ってくれ、それに応えるかのように、DD51の汽笛が響き渡る。

 最終日ということもあり、車内放送では、各駅でハイケンスのセレナーデのオルゴールを前後に流して頂いた。宍道を発車すると、特急「出雲」の歴史や本日で最終である旨を伝えるアナウンスが流された。

 車内は、予想通り、切符を購入しただけで乗らない人も多く、寝台券なしで乗車できる通称「ヒルネ」対象車両でも空きのボックスがある。ツアーで参加の人たちの車両は満席で、マニアックな方が多く異様な空気であった。

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2006年03月14日

播但線 全通100周年イベント(06年4月)

 13日、兵庫県朝来市は、4月に全線開通100周年を迎えるJR播但線(和田山−姫路65.7キロ)の記念イベントの内容を発表した。

 4月1日には、和田山駅でセレモニーが開催される。和田山駅に到着した「はまかぜ4号」の運転士への花束贈呈贈呈、くす玉割りや和田山中ブラスバンドの演奏もある。

 また、期間限定でJRと共同で製作した「100周年ヘッドマーク」が、「はまかぜ」など播但線を走る列車の前部に設置される予定である。その他にも写真展やハイキングなどのイベントも催される。

参考:毎日新聞HP

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