2009年01月16日

急行「きたぐに」 12連で運転(09年1月) 

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09年1月9日 第502M急行「きたぐに」
1.クハネ581− 22 自由席 ↑大阪
2.モハネ582− 75 自由席
3.モハネ583− 75 自由席
4.モハネ582− 68 自由席
5.モハネ583− 68 B寝台
6.サロ 581− 29 グリーン
7.サロネ581−  4 A寝台
8.モハネ582− 87 B寝台
9.モハネ583− 87 B寝台
10.クハネ581− 37 B寝台

09年1月9日 第501M急行「きたぐに」
1.クハネ583− 28 自由席
2.モハネ582− 89 自由席
3.モハネ583− 89 自由席
4.モハネ582− 66 自由席
5.モハネ583− 66 B寝台
6.サロ 581− 16 グリーン
7.サロネ581−  5 A寝台
8.モハネ582− 53 B寝台
9.モハネ583− 53 B寝台
10.モハネ582−102 B寝台
11.モハネ583−102 B寝台
12.クハネ581− 33 B寝台

 懐かしい国鉄車両のボックスシート、重厚な安定感のある乗り心地、ベテラン車掌のソフトな接客案内、懐かしい車内放送オルゴール・・・全てを兼ね備えた数少ない列車である。毎日この列車で通勤・通学できる新潟地区の人がうらやましくもある。

 「鉄道サウンド広場」(本館)では、同列車の車内放送を新規公開している。懐かしの汽車旅の雰囲気を味わっていただければ幸いである。

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鉄道サウンド広場(本館)

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2006年08月25日

臨時急行あまるべ号運転!!(06年10月) 

tajima7.jpg

 架け替え工事を間近に控え、さよならイベントも本格化してきた山陰本線余部鉄橋であるが、その一環として臨時急行「あまるべ号」が運行される。

 10月21日、姫路−浜坂間を1往復急行「あまるべ号」として運転される。車両は快速「あまるべロマン」と同じキハ65系旧「エーデル鳥取」車と思いきや、キハ58系国鉄色4連というから、リバイバル急行「但馬」といった感じである。浜坂−香住間には、間合い使用で、快速「あまるべ号」も運転される。詳細は、JR西日本HPを参照頂きたい。

 東京からの「出雲」は無理としても、京都発のブルートレイン「出雲」もどきくらい運転されないかな・・・。車両は、京キト14系15型寝台車8連。京都22時くらいに発車し、大阪、宝塚に停車し、福知山で時間調整。かつての「出雲」のスジで福知山−鳥取間運転。当然「出雲」のヘッドマークも付けて走行です。サービスでDD51の重連。西鳥取で整備の後、日中、鳥取−香住を1往復、急行「だいせん」として1往復する。特製ヘッドマークを付けます。日本旅行さん、企画よろしく!!

鉄道サウンド広場(本館)

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2006年06月12日

急行だいせん(12系 97年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「だいせん」について。

 大阪−出雲市間を福知山線、山陰本線経由で夜行運転されていた同列車は、B寝台3両、普通車指定席1両、普通車自由席1両の5両編成で運転されていた。大阪−篠山口間はホームライナー的な役割で通勤客の利用も多かったが、アーバンネットワークの整備による列車大増発の影響で、自由席も1両で十分対応できた。

 99年10月からは、寝台車が外され、元「エーデル北近畿」のキハ65型2両に短縮され、運転区間も大阪−米子間となった。
 04年10月には、ついに廃止となり、山陰を代表する愛称が消えてしまった。

 かつて、20系客車の時代もあり大阪車掌区が担当していた。JR化後、しばらくして米子車掌区の担当となった。5両編成であったが、車掌は2名乗務しており、スハネフ15からチーフが車内放送を行っていた。宮原のスハネフ15の車内チャイムはオリジナルの美しい音色のオルゴールが多かった。公開中のチャイムも女性的な甘ったるいような音色に聴こえるのは私だけだろうか?

鉄道サウンド広場(本館)

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2006年04月15日

急行「能登」 老兵活躍中!!(06年4月) 

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 14日、東京での仕事を終え、名古屋へ帰る。いつもは、最終の「ひかり」に乗車するのだが、今晩は急行「能登」で北陸経由とする。なぜなら今晩の「能登」号には新H01編成が充当されるからである。

 では、新H01編成ってどんなものなのだろうか?

 2006年04月14日 第611M 急行能登   ↑長岡
9.クハ489−  1 自由禁煙    9名
8.モハ489−  6 自由禁煙   17名
7.モハ488−  6 自由喫煙   11名
6.モハ489− 19 自由(サロン) 6名
5.モハ488−204 自由喫煙    9名
4.サロ489− 13 グリーン禁煙  3名
3.モハ489−  4 指定喫煙    8名
2.モハ488−  4 指定禁煙   21名
1.クハ489−501 指定(女性) 26名
                合計110名
(人数は、高崎発車時点の乗車人員)↓金沢・上野

 この編成の特徴は、489系のトップナンバー車が入っている点である。同系列の車両が相次いで廃車となっている中で、今なお現役で活躍している。ただし、ボディーの退色や凹凸など痛々しさは隠し切れない。

 もう一つ大きな特徴がある。このサイトのタイトルでもある「サウンド」である。クハ489−1には、車内放送用のオルゴールがオリジナルタイプのゼンマイ式「鉄道唱歌」なのである。進行方向が長岡で変わるので、金沢・上野終着アナウンスで流すことが可能である。

 これ以外の車両のメロディーは電子タイプで味気ない。上野発車後、金沢到着前の放送は「鉄道サウンド広場(本館)」に公開しておく。

 23時13分、上野駅16番線に、回送で489系9両編成が到着する。ヘッドマークは「能登」を覆い隠すように「ホームライナー」とある。前運用として、「ホームライナー鴻巣」「ホームライナー古河」として使用されていたのである。到着後は車内清掃、座席の回転、ヘッドカバーの交換などが行われる。

 発車5分前くらいに乗車開始となる。早々に車内改札が行われ、ゆっくりと発車する。能登バージョンの「鉄道唱歌」が流れる。このメロディーも賛否両論である。個人的には、オリジナルタイプの「鉄道唱歌」が一番好きである。かつては、「東京音頭」が使用されていたが、最近は事情により使用禁止となっているそうだ。「東京音頭」は、かつて同編成を使用していた特急「あさま25号」の放送を「アーカイブス」(JR東日本)に収録しているので、興味があれば、お聴きいただきたい。

 埼玉県に入ったあたりから列車は徐行をし、抑止となった。先行列車がつかえているようだ。車内放送によると、浦和駅ホームから乗客が転落したためらしい。大宮8分遅れ程度であったから、大きな事故には至っていないとは思う。
 自由席は、窓側がほぼ埋まる程度で、金曜深夜の割には空いている。高崎を出ると、一気に減少し、上記の乗車人員となる。高崎では、同一ホームに485系快速「ムーンライトえちご」と国鉄特急車両同士が肩を並べる。急行のプライドもあり、こちらが先発となる。

 そろそろ寝ようかと思うが、車内が暗くなると、車窓が見やすく、流れ行く街の灯りにしばし見いる。水上でも運転停止し、運転士が交代した。EF58など非力な機関車だと補機が後押しをした上越国境越えとなる。東京では桜も散り始めているというのに、湯檜曽あたりから残雪が目立ってきた。国境の長いトンネルを抜けると、まだ「雪国」であった。

 仕事の疲れで、日本海の車窓を眺める体力はなく、気づくと5時25分。そろそろ朝一番放送が流れる時間である。MDの電源を入れると、間もなく「カッコウ」の鳴き声につづき放送が再開された。グリーン車乗務員室からの放送である。

 富山県内では、土曜の朝ということもあり、通勤客の乗車もほとんどなく、9号車は富山到着前時点で3人にまで乗客が減少していた。

 富山・石川あたりは、桜が満開で沿線風景も新鮮だ。新幹線建設も順調に進捗しているようだ。それまで、このボンネット車は生きながらえるのだろうか?東金沢を通過して車両基地が広がる頃、ガラガラの車内に懐かしい「鉄道唱歌」の音色が響き渡る。この音色は、いつまでも残して欲しい。

鉄道サウンド広場(本館)

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2005年11月23日

急行みささ2号(65系 85年2月)

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 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「みささ2号」について。

 倉吉−大阪間(鳥取までは普通列車)を因美線・姫新線経由で運転されていた同列車は、途中津山までは、急行「砂丘3号」と併結されていた。「みささ2号」の車両は、向日町運転所のキハ58・65系気動車4両編成で、急行「たかやま」と共通運用を組んでいた。「砂丘3号」は西鳥取運転区のキハ58・65系で、増結車を含め4両編成だった。

 因美線は当時、タブレットや腕木式信号機を使用しており、ローカル色濃い路線であった。その中をグリーン車を2両も組み込んだ急行列車が往来していたのである。智頭急行線開業後しばらくして、鳥取−岡山間の急行「砂丘」は智頭急行経由の特急「スーパーいなば」として生まれ変わり、智頭以南の因美線はさらにローカル線化が強まった。

 津山で急行「砂丘3号」と別れた「みささ2号」は、急行「みまさか4号」に相手を換えて併結運転を行う。「みまさか」も「みまさか2号」は姫路−大阪間を「但馬2号」と併結運転していたから、「みささ」「みまさか」ともにバツイチ同士のような感じのくっ付き方である。
 
 倉吉−大阪間は約6時間を要していた。現在では半分の3時間弱である。89(平成元)年3月10日がラストランとなったが、最終列車にも乗車した。最終日には記念の乗車証明書の配布なども行われた。鳥取車掌区の担当であった。翌日は「スーパーひたち」一番列車に乗車した。上野駅での出発式では、日にちに因み、3号車11番の乗客に花束贈呈が行われた。私は3号車7番Å席であったが、手提げ袋に一杯記念品などを頂いた。

今日のサウンド
急行みささ(最終日さよなら放送)

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2005年10月10日

急行だいせん2号(58系 82年12月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「だいせん2号」について。

 鳥取−大阪間を福知山線経由で運転していた同列車は、鳥取−香住間は普通列車として運転していた。香住始発の742列車に接続していた。当時、鳥取−柴山間を通学していた私は休日によく利用していた。旧型客車ばかりで、通学定期券で乗車できる急行車両には興奮した。グリーン車も連結され、車掌長の腕章をしたベテランの渋い声の車内放送も魅力だった。
 香住からは旧型客車(後に50系、12系へ)に乗り換え、始発駅発車後の「ハイケンスのセレナーデ」チャイム入りの放送も楽しみだった。この列車は福知山の若い車掌が乗務していたが、50系に置き換わった頃から豊岡の乗客専務が担当するようになった。50系では、珍しい電子音の「ハイケンスのセレナーデ」が新鮮だったが、今ではオリジナルオルゴール版が懐かしい。

 同列車は、1986(昭和61)年ダイヤ改正で特急北近畿に格上げにより消滅した。愛称は夜行1往復のみに残ったが、それも現在廃止となってしまっている。

今日のサウンド
急行丹波6号(お別れ車内放送)

鉄道サウンド広場(本館)
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2005年09月19日

急行利尻・宗谷・天北(14系 88年10月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「利尻」「宗谷」「天北」について。

 キハ56型や旧型客車で運転されていた急行列車のサービス向上の為に、本州各地から北海道へ14系客車が集められたのは、昭和56(1981)年のことであった。当時、急行「阿蘇・くにさき」「雲仙・西海」などが消滅している。まずは、昼行急行「ニセコ」に投入され、昭和58(1983)年までに「利尻」「大雪」「まりも」などにも投入された。

 昭和60(1985)年には、キハ56系の置き換えで「天北」「宗谷」が14系化された。運用の効率化の為、夜行急行「利尻」との共通運用を組んだ。この為、居住性は向上したのかも知れないが、スピードダウンというデメリットも生まれた。昼行であるが、下り「天北」、上り「宗谷」にはB寝台が組み込まれ、自由席として使用したが、15・16番下段寝台部分をカルテットタイプの座席に改造し、グリーン席とする試みもあったが、不評の為1年程で廃止された。

 現在では、特急「スーパー宗谷」、「サロベツ」として、スピード・居住性ともに当時とは比べ物にならない程改善されている。

 当時の旭川車掌区の車内放送では、天気概況のお知らせがあった。当日の天北線は水害で不通の為、急行「天北」は宗谷本線幌延経由で運転された。

今日のサウンド
特急オホーツク2号(網走発車後車内放送)
札幌駅高架開業初日ダイヤ改正の案内
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2005年08月26日

SL急行「讃岐路 義経号」運転!!

 昨日に続き、秋の臨時列車の話題をもう一つ。

 JR東日本では、奥羽本線全通100周年を記念したSL「奥羽号」が指定席発売後30秒で完売する人気ぶりである。そんなSL人気の中、JR四国も久々にSLの運転を発表した。香川県での運転は、98年の「SL瀬戸大橋号」以来かな?初日には、高松、多度津駅で出発式も予定されている。

■ 運転日 :10月28日(金)〜30日(日)の3日間
■ 運転区間 :高松−多度津間 1日2往復
■ 列車名  :急行「讃岐路 義経号」
■ 運転車両 :C56形蒸気機関車+14系客車3両
■ 運転時刻 :
  【下り】
  SL急行「讃岐路 義経1号」高松  8:30 → 多度津 9:14
  SL急行「讃岐路 義経3号」高松 14:00 → 多度津14:56

  【上り】
  SL急行「讃岐路 義経2号」多度津 10:42 → 高松11:35
  SL急行「讃岐路 義経4号」多度津 16:22 → 高松17:05

 車両は3両ながら、運転本数が多いため、指定席の入手は比較的し易いかも知れない。14系客車だが、JR東海から購入したトップナンバー車を使用するのだろうか?それとも、C56と共に宮原から借りるのか?

参考:JR四国ホームページ

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2005年04月04日

急行ちくま(12系 97年6月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の急行「ちくま」について。

 97年6月に乗車の12系客車+14系寝台車時代の車内放送である。JR西日本宮原総合運転所の車両で、急行「だいせん」の車両も同区の担当であった。
 97年10月ダイヤ改正により、383系電車(JR東海)での運転となり寝台車の連結はなくなった。2003年10月には、臨時列車に格下げとなり、381系電車(JR東海)での運転となった。当初は運転日数も多かったが、最近ではめっきり減ってしまっている。

 客車時代は「ハイケンスのセレナーデ」、383系時代は「JR東海チャイム」、381系の現在では「鉄道唱歌」が車内放送で流れる。かつては、長野車掌区(長野運輸区)の車掌が大阪まで乗務していた。逆に、大阪発長野行き「しなの」には明石車掌区の車掌が長野まで乗務していたこともあった。

 381系臨時急行「ちくま」の車内放送は、鉄道サウンド広場(アーカイブス)に動態保存しているが、大阪−米原間は大阪車掌区が担当している。
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2005年04月02日

リバイバル急行あしずり(05年4月)

 JR四国では、キハ58系、65系気動車各1両の塗色を国鉄色とし、リバイバル運転を行っている。3月26日より10コースの団体ツアーが企画されているが、最終日の4月3日は、急行「あしずり」として運転される。今まで「いよ」「うわじま」「土佐」「阿波」がリバイバル運転されている。

 最終日の9コースは、高知9時16分発、大歩危11時03分着「急行あしずり」、10コースが阿波池田12時16分発、高松13時57分着「急行あしずり」となっている。途中スイッチバック駅の坪尻(12時34分着同48分発)にも停車し、撮影会が催される。

 JR四国では「旧国鉄色 急行形気動車キハ58形、キハ65形フォトコンテスト」の作品を募集しており、最優秀作品はオレンジカードとして発売される。

 地味な存在である四国の鉄道であるが、どれくらいの盛り上がりなのか気になる。こういうイベントが行われるということはそろそろ四国の58系気動車も淘汰される日が近いということなのか?だとすると、気動車王国の主役だった58系の引退は181系の引退以上に寂しさを感じる。

参考:JR四国HP http://www.jr-shikoku.co.jp/
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2005年01月21日

急行銀河(20系 85年2月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「銀河」について。

 東京−大阪間に夜行列車として運転されている「銀河」は、新幹線の最終発車後に出発して、始発列車よりも先に到着することからビジネスマン中心に利用者は多い。とはいっても、低単価と居住性の改善などにより、夜行高速バスにかなりの乗客を奪われている。ゴロンとシートの導入など「銀河」にも価格競争に参戦してもらいところであるが、JRにはその気はない。閑散期には6両で、下段が辛うじて埋まり、上段は半数以上が空きといった状況も散見される。

 急行「銀河」には、1976(昭和51)年までは、座席車が連結されていたが、同2月に、20系寝台に置き換えられ、全車寝台となった。20系初の急行転用であった。しばらく20系での運転が続くが、1985(昭和60)年3月には14系化、86年11月には2段式24系25型に置き換えられた。

 国鉄末期には、583系化される案も浮かび、ヘッドマークも用意されたが実現しなかった。

 国鉄時代からJR化後しばらくは東京車掌区が担当していたが、大阪車掌区へと変更になった。大阪車掌区は、臨時の「銀河」を担当してきたが最近では夜行バスの台頭により運転されなくなっている。

 A寝台車掌室の車内放送チャイムは「ブラームスの子守唄」、B寝台の車内放送チャイムは「アルプスの牧場」(ディナーチャイム)であった。
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2005年01月17日

急行利尻(14系 86年8月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「利尻」について。

 急行利尻は、札幌−稚内間の夜行急行として運転されていた。旭川までは通勤客などの乗車もあり車内は混みあう。当日は3名の車掌が乗務していた。現在では考えられない。札幌を出てすぐの苗穂では、荷物車連結の為9分間運転停車を行っていた。

 現在では気動車特急となっているが、当時は14系座席+寝台車の客車編成であった。車両運用の効率化を図るため、稚内到着後は、昼間の急行「宗谷」として寝台車も座席車として使用して札幌へ戻っていた。また、昼間の急行「天北」も同様の編成で、稚内到着後、寝台をセットし、夜行急行「利尻」として札幌へ戻っていた。

 札幌を中心に、網走、釧路、函館方面へは札幌車掌区の乗務が見られたが、宗谷本線への優等列車は全て旭川車掌区の担当であった。
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2005年01月16日

急行紋別・はぼろ(56系 86年8月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「紋別・はぼろ」号について。

 急行「紋別」は、札幌−遠軽間を結ぶ列車であった。名寄から名寄本線を経由し、オホーツク沿岸地域を結んでいた。一方、急行「はぼろ」は、札幌−幌延間を結ぶ列車であった。深川から留萌を経由し日本海沿岸地域を結ぶ幌延線を走行していた。

 86年8月当時は、札幌発車時点でこの2本の他、滝川から普通列車となる富良野行2両を併結した7両編成であった。しかし、かつては、急行「大雪2・3号」とも併結し、グリーン車1両を含む13両編成で札幌を発着していた。

 現在、羽幌線、名寄本線はいずれも廃止されているが、かつての北海道ではローカル線への急行列車の乗り入れも多く見られた。
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2005年01月06日

急行大雪(14系 88年10月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、急行「大雪」について。

 北海道では、札幌から本州方面行の寝台特急以外に、稚内、網走、釧路、青森への夜行列車が運転されている。かつては、客車急行が主体であったが合理化の為、稚内行、釧路行、網走行がそれぞれ特急格上げの上、183系気動車特急に寝台車を組み込んだ編成で運転されている。現在「オホーツク9号、10号」として運転されている夜行列車が、かつての夜行急行「大雪」である。
 
 14系客車に寝台車を連結した編成で、札幌を発車するとすぐに苗穂に運転停車をし、荷物車を連結していた。長らく客車で運転されていた背景には朝刊輸送などの使命があったからである。小樽回りの、函館行の夜行鈍行もあったが、新聞輸送の他に本州方面への荷物・郵便車も連結していたため、旅客車はおまけのような存在であった。その証拠に列車番号は荷物列車の番号を使用していた。

 当時は、「利尻」が旭川車掌区、「まりも」「大雪」は札幌車掌区の担当であった。後に、「まりも」は釧路車掌所、「大雪」は旭川車掌所へ振り替えられた。「函館夜行」は、札幌−小樽間が札幌車掌区、小樽−函館間が函館車掌区の担当であった。函館夜行は後に「ミッドナイト」となったが、全区間札幌車掌区が担当していた。

 ところで、14系寝台車を気動車に組み込んでいるが、寝台車の乗務員室の放送装置は気動車用マイクに交換されている。したがって、「ハイケンスのセレナーデ」のチャイムは流れない。寝台車に、「アルプスの牧場」のオルゴールは馴染まない。
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2004年12月29日

急行大山スキー号(12系 87年2月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、急行「大山スキー号」について。

 かつて、冬のレジャーの代表スキーは道路事情の関係などから鉄道が利用されることが多く、臨時列車も多数運転されていた。80年代後半には、スキーヤー御用達の「シュプール号」が大人気となった。しかし、レジャーの多様化や道路事情の改善など利用者は激減してしまい、「シュプール号」自体もJR西日本にわずかに残る程度である。

 九州地区にもスキー場はあるらしいが、やはり本格的な滑りを楽しむには大山が比較的近く、夜行急行さんべ号が利用されていた。しかし、普段は利用者が少なく廃止されてしまった。そこで、冬季のスキーシーズン限定で運転されたのが臨時急行大山スキー号であった。熊本の12系客車を使用していた。後に短期間ではあったが、「シュプール大山スキー」となり、B寝台車を連結したこともあった。

 車掌は、米子車掌区が全区間担当していた。「まつかぜ」廃止後、博多乗り入れを失っていた米子車掌区が久々に博多に姿を現すようになった。西は博多、東は東京までの乗務をしていた。

 急行「だいせん」は大阪−出雲市間の運転であるが、「大山スキー号」となると博多−米子間と全く異なる区間の運転となるのが面白い。
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2004年12月17日

急行十和田(12系 84年3月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「十和田」について。

 東北新幹線開業後も上野−青森間には多くの夜行列車が運転されていた。特急「はくつる」「ゆうづる」「あけぼの」の他、急行「八甲田」「十和田」「津軽」などである。青函トンネルは工事中で、青函連絡船接続で北海道を目指す乗客も多かった。青函トンネル開業で「ゆうづる」は「北斗星」として北海道直通運転となり、急行も夜行高速バスの台頭などで次第に本数を減らし現在は存在しない。「はくつる」も東北新幹線八戸開業で廃止され、現在では寝台特急「あけぼの」が羽越・奥羽線経由で残るのみである。

 1984(昭和59)年3月29日の急行十和田号の編成は以下の通りである。

昭和59年3月29日 第201列車 急行十和田 ED75−119長町
スハフ12−130 58-03 大宮 北オク
オハ 12−374 59-12 大宮 北オク
オハ 12−369 59-12 大宮 北オク
オハ 12−161 57-05 大宮 北オク
オハ 12− 30 56-06 大宮 北オク
オハ 12−366 56-08 大宮 北オク
スハフ12−131 56-07 大宮 北オク
オハ 12−367 56-07 大宮 北オク
オハ 12−364 58-07 大宮 北オク
オハ 12−334 57-06 大宮 北オク
オハ 12−194 57-03 大宮 北オク
オハフ13− 53 57-06 大宮 北オク

 急行「十和田」は、東北線・常磐線経由で運転されていた。録音した翌年の85年3月ダイヤ改正では、電車寝台「ゆうづる」2往復とともに廃止された。「鉄道サウンド広場(アーカイブス)」には、最終日の急行「十和田」号上野駅発車シーンが保存されている。
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2004年11月23日

消え行く急行列車

 懐かしの列車&車内放送の広場(掲示板)で、急行列車の衰退についての話題が出ている。そこで、手元にある「JR時刻表11月号」(交通新聞社刊)をめくって、どれくらいの急行列車が存続しているのか調べてみた。

 ページの若い順に列挙してみる。定期列車は、次の7つの愛称だけである。
 「銀河」「かすが」「きたぐに」「能登」「つやま」「みよし1〜7号」「はまなす」。「はまなす」以外はJR西日本が絡んでいる。ただし、「かすが」はJR東海の車両である。

 臨時列車も含めると、「シュプール1.3.4号」「ちくま」「御殿場線70周年記念号」「春さきどり号」「「ぶらり鎌倉」「わきわく舞浜・東京号」「なつかしの急行奥久慈号」「急行陸中号」と決して多くない。臨時は快速の多いJR東日本であるが、水戸支社だけは「急行」にこだわりを持っているようだ。

 急行列車の衰退は、列車そのものが廃止になる場合と、発展的消滅パターンとしてJR九州、四国は特急に格上げ。JR東日本は快速に格下げが多い。JR東日本は、長距離列車や特急車両を使用する快速、いわゆる「乗りドク列車」が多い。
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2004年11月19日

急行味めぐり浜坂 (14系 97年11月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行「味めぐり浜阪」について。

 冬の味覚「松葉がに」が解禁となり、食通達は次々と日本海へと足を運ぶようになる。大手かに料理チェーン店では満足できないものを求めて、やみつきになるようである。私のペンネームでもある兵庫県の城崎・香住も週末中心に賑わいを見せている。

 その輸送を担うのがJRの臨時特急「かにカニ」シリーズである。バブルがはじけてからは、お手軽な日帰りエクスプレス昼食プランが好評を博している。その変遷を振り返ってみよう。

92年度:特急味めぐり北近畿カニスキ(米原・新大阪−城崎)
    急行味めぐり但馬カニスキ(12系レトロ)大阪−浜坂
    急行味めぐり浜坂カニスキ(サロンカーなにわ)大阪−浜坂
    急行味めぐり若狭(セイシェル)大阪−若狭高浜
   
96年度:特急味めぐり北近畿(京都・新大阪−城崎・香住) 485系、181系
    特急味めぐりタンゴエクスプローラー(京都−久美浜)
    特急味めぐり文殊 (大阪−天橋立)
    急行味めぐり但馬(大阪−浜坂) 12系レトロ
    急行味めぐり浜坂(大阪−浜坂) サロンンカーなにわ
    急行味めぐりわかさ(大阪−若狭高浜) エーデル
    特急味めぐりはくと(新大阪−倉吉) 181系

98年度:特急味めぐり北近畿(新大阪−城崎・香住) 183系、181系
    特急味めぐりタンゴエクスプローラー(京都−豊岡) 
    特急味めぐり文殊(大阪−天橋立)
    急行味めぐり但馬(大阪−浜坂) 14系改
    急行味めぐり浜坂(大阪−浜坂) 14系改

■日帰りエクスプレス開始
99年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 181系
    特急かにカニ北近畿(新大阪−城崎・香住) 183系 65系リゾート
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 65系エーデル
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 14系改(1度だけ旧だいせん車12系)

00年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニ鳥取(京都−鳥取) 181系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 65系リゾート

01年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニ鳥取(京都−鳥取) 181系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    急行かにカニ但馬(大阪−浜坂) 58系

02年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 65系エーデル
    特急かにカニ北近畿(新大阪・大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニスーパーはくと(京都−倉吉) 7000系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    特急かにカニ但馬(大阪−浜坂) 181系
    特急かにカニ文殊(大阪→天橋立)183系
    特急かにカニはしだて(天橋立→京都)183系

03年度:特急かにカニ香住(京都−香住) 181系
    特急かにカニ北近畿(大阪−城崎) 183系、381系
    特急かにカニはまかぜ(大阪−香住) 181系
    特急かにカニ但馬(大阪−浜坂) 181系

大雑把に見ると、このようになる。最近では、客車による運転はなくなってしまった。今シーズンは、京都発香住行きの「かにカニ香住」が消滅してしまった。しかし、「たんば1号」を城崎まで延長運転し、折り返しは、「かにカニきのさき」という愛称が付く。  
posted by 城崎かすみ at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 急行列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月16日

急行 能 登 (489系 97年3月)

 鉄道サウンド広場(本館)で公開中の、急行能登号について。

 かつて、福井−上野(長野経由)間に客車急行「越前」、金沢−上野(上越線経由)間に、客車急行「能登」、寝台特急「北陸」が運転されていた。

 「能登」と「越前」を足して2で割ったような形で、福井−上野間に長野経由で489系電車急行「能登」は誕生した。93年3月のダイヤ改正であった。当時は、長野新幹線もなく、碓氷峠を越えていた。車両は特急「白山」として金沢−上野間を走り、上野到着後は、特急「あさま」として、上野−長野間を1往復し、深夜は急行「能登」として運用されていた。当時は、独特のカラーリングであったが、現在は国鉄色に戻され、貴重なボンネット車両として注目を浴びている。

 その489系も、97年10月長野新幹線開業で、「白山」「あさま」が廃止となり、上越線経由での運転となった。鉄道ファンとすれば、昼間の使用しない時間帯を利用して積極的に車両を活用して欲しいところであるが、JR西日本の所有であるため、自由にはならない。とはいっても、「ホームライナー鴻巣」「ホームライナー古河」でアルバイトをしているのである。

 「能登」編成の運転台の放送装置には、ご当地メロディーが搭載されている。
     金沢発着用:百万石音頭
     長野発着用:信濃の国
     上野発着用:東京音頭
     新潟発着用:佐渡おけさ
     その他  :鉄道唱歌
     モーニング:朝の歌

 グリーン車の放送装置からは、ご当地メロディーが消滅し、「美しき青きドナウ」「カッコウ」「朝の歌」に変更された。上野発車時は、最後部で放送することが多く、「鉄道唱歌」が多用されるが、オリジナルのモノとはアレンジが異なる。上りは「美しき青きドナウ」が多いように思う。せっかくのご当地メロディーも滅多に聞く事ができないのが現状である。
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2004年10月27日

急行アルプス2号 (183系 87年7月)

 鉄道サウンド広場(本館)に公開中の、急行「アルプス2号」について。

 87年7月のもので、昼行は全て特急に格上げとなっており、夜行1往復のみが残っていた。車両は「あずさ」と共通運用で183系での運転だった。正面幕には「アルプス」の文字も入っていた。長野行急行「妙高」も同様に189系特急車両で運転されていた。

 最近では、快速「ムーンライト信州」として多客時に下り列車中心で運転されている。その少し前には快速「しらかば新宿」という愛称も誕生したのだが長続きしなかった。

 165系急行「アルプス3号、こまがね3号」の車内放送が「鉄道サウンド広場(アーカイブス)に動態保存されている。興味のある方は、どうぞ!
posted by 城崎かすみ at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 急行列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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