2014年06月26日

北海道の旅19(14年6月)

 特急「くろしお18号」も新宮列車区の担当。随分同区の担当列車が増えたような気もするが、普通列車がワンマン化されているので、乗務列車はほぼ特急ということなのであろう。和歌山車掌区や天王寺車掌区は、いくらでも乗務する列車があるので、特急乗務を減らしているのかも知れない。新宮列車区の車掌は和歌山まで2名乗務する。白浜駅では、駅員がアロハを着用している。同駅には、12時03分に「くろしお5号」、12時18分に「くろしお18号」、12時27分に「くろしお7号」が相次いで到着する。土曜日ということで、観光客も多く、パンダの着ぐるみが改札付近に出没して乗客を歓迎している。

 白浜を過ぎると日も差してきて、晴れてきた。観光客も乗車し、自由席は半分程度埋まる。紀伊田辺から和歌山車掌区の女性車掌が1名加わる。車内販売も乗務してくる。途中、非常ブレーキがかかり停止した。車掌2名が前方へ移動していったが、チーフは最後部で陣取り関係部署などとやりとりを行っている。1名乗務だとこういう時大変であるが、今回は10分程度停車の後、発車した。車内非常ボタンの発報だそうだが、異常は認められなかったとのこと。

 車掌は和歌山で全員交替。和歌山-新大阪間は天王寺車掌区が担当する。新大阪から「こうのとり15号」への乗換予定の乗客がいないか確認していたが、いなかったようである。接続の必要はないが、遅れは回復していった。14時57分。7分遅れで新大阪に到着。昨日とほぼ同じ遅れである。このまま「くろしお17号」で新宮まで行けば、昨日と同じであるが、しっかり鉄分を補充したので、自宅へ戻る。

 新宮−新大阪間の自由席特急券は1940円であるが、新大阪−新神戸の新幹線自由席特急券を一緒に購入すれば半額の970円となり、新幹線自由席特急券を足しても110円安くなる。最後は、新幹線「さくら」で新神戸へ。5日間に渡るかけ足の旅は終了した。

−完−


 
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2014年06月25日

北海道の旅18(14年6月)

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 いよいよ長かった旅も5日目(最終日)である。朝早く起きて、新宮駅6時20分発の特急「南紀2号」で熊野市まで散歩でも・・・と思いながらも、ホテルでゆっくりすることにする。朝8時30分にホテルをチェックアウト。この旅初の傘の出番であるが、幸い目の前が駅の為、傘もささずにダッシュ。

 8時37分発の特急「くろしお14号」で紀伊勝浦へ。車掌は2名乗務で、うち1名は昨日の「くろしお17号」に和歌山−新宮間1名乗務の新宮列車区の車掌氏である。本日は特改のようで、車内放送は別の車掌が担当し、電子音「鉄道唱歌」で車内放送が行われる。発車してすぐに、美しい海岸線沿いを走行しながら放送に耳をやる。かつては、ご当地メロディーで「鳩ポッポ」が流れていた。曲名を聞くと有名なあのフレーズを想像される方が多いと思うが、滝廉太郎作曲のマイナーなバージョンの方である。

 雨雲は東へ移動し、西日本は回復傾向と天気予報は告げていたが、紀伊半島東岸は雨の多い地方であるから、車窓には雨粒がたたきつけられる。電子音「鉄道唱歌」が流れ、紀伊勝浦到着案内が流れる。今回も各駅チャイムである。かつて、紀伊勝浦では「いい湯だな」、更に前には「かわいい魚屋さん」の車内放送メロディーが使用されていた。

 紀伊勝浦で下車。連絡橋を渡り1番線へ。3分の連絡で、8時55分発特急「南紀4号」で熊野市へ向かう。JR東海のキハ85系気動車で、旅の始まりの特急「ひだ」と同じである。先頭1号車のみ自由席。珍しく、前面展望に優れた非貫通タイプの車両である。かつて、特急「南紀」は紀伊勝浦方先頭車がグリーン車で、非貫通運転台の前面展望が楽しめたと記憶しているが、グリーン車は中間車になっており、最後部の指定席は貫通タイプのキハ85であった。前面展望好きには上りの自由席がおすすめである。

 発車するとJR東海チャイムが流れ、車内放送が始まる。「車掌はJR西日本・新宮鉄道部の・・・」と所属、氏名が告げられるが、残念ながら次の新宮で交替してしまう。放送が終了すると、車内改札が行われる。最初びっくりしたが、アロハシャツであった。特急「くろしお」の車掌や新宮駅の社員も通常の制服であったが、何故この列車だけなのであろうか?車内改札が終了すると、今度は美しい海岸線の車窓案内放送、新宮到着放送と短い時間に密度の濃い乗務であった。



 新宮では、運転士・車掌ともにJR西日本からJR東海に交替となる。新宮を出て短いトンネルを出るとすぐに熊野川を渡る。三重県である。車窓は昔の記憶と大差ない。熊野市まで、海岸線には沿っているものの海が見える箇所は少ない。このまま名古屋経由で帰ってもいいのであるが、381系特急「くろしお」の方が好きなので、熊野市で引き返す。20年余り前に鬼が城まで行き、海岸線を歩いたが、今回はその予定はない。18分後の普通で折り返す。キハ48系ワンマンで新宮へ。381系特急「くろしお18号」で新大阪へ戻る。

−つづく−
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2014年06月24日

北海道の旅17(14年6月)

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 和歌山を発車すると、電子音の「鉄道唱歌」チャイムが流れ、交替した新宮列車区の車掌により始発駅と同じ詳しい車内の案内、停車駅到着時刻等の案内が行われる。

 日根野の381系のチャイムは「雷鳥」などと同じタイプの電子オルゴールが搭載されており、「鉄道唱歌」の他にも「ラバースコンチェルト」やオリジナルの「途中駅チャイム」「鳥なしチャイム」など複数の選択ボタンがあるのだが、一度も「鉄道唱歌」以外聞いたことがない。「くろしお」では、各駅チャイムも珍しくないので、色々なチャイムを使用すればよさそうなものであるが、「鉄道唱歌」にこだわる理由が分からない。個人的には「鉄道唱歌」が一番好きなので、「途中駅チャイム」が流れるよりは大歓迎である。福知山車掌区が担当していた183系特急(電子チャイム搭載編成時)では、始発・終着でもほとんど「途中駅チャイム」であった。

 和歌山市街を過ぎると、「鉄道唱歌」チャイムが流れ、海南到着案内が流れる。今日は狙い通り各駅チャイムの日である。海南を出ると、ようやく海岸へ出る。朝は日本海を見ながらの車中であったが、夕方は太平洋と贅沢な旅である。紀伊田辺では車内販売が下車する。平日ということで観光客は少なく、用務客の多くはここで下車。自由席の車内は高校生の団体がメインとなるが、帰りということで疲れて皆眠っている。

 海沿いをしばらく走行し、また内陸へ入ったりを繰り返しながら列車は南下していく。やがて、本州最南端の駅串本に到着。高校生の団体が下車し、車内は閑散となる。車窓には橋杭岩が大島に向かって伸びる。白浜までは何度か訪れたが、以南は何年ぶりであろうか?北海道と同じく10年ぶりくらいかも知れない。かつて紀勢本線の普通列車には12系や165系といった快適な急行型車両が使用され、夜行列車もあった。さらに新宮以東は50系客車やキハ58系快速「みえ」、臨時夜行列車もあった。その頃には青春18きっぷを使って紀伊半島の旅に毎回出かけていた。今ではロングシートの105系など汽車旅を楽しむ環境ではなく、すっかり足が遠のいた。

 近大マグロはすっかり有名になったが、紀伊浦神の入江の様子や紀伊勝浦や那智など昔の記憶と変わらない。紀伊佐野手前に郊外型複合商業施設が出来ていた以外は当時の記憶通りで、直線的な海岸線が現れると終点新宮である。

 今夜の宿は、駅の正面の「ビジネスホテル美郷」である。外見は古いが内装はきれいで、ツインルームのシングルユースである。

 散歩を兼ねて、近くのスーパーまで出かける。大きなスーパーであるが、19時過ぎで閑散としている。地方は夜が早いということもあろうが、郊外の商業施設などの影響で客数が減少しているのかも知れない。鮮魚売場に行ってみると、担当者が片付けを行っており、海鮮丼が半額に見切られている。半額とは言え、鮮度はまだいいように思う。ホテルで食べると、東京、札幌で食べた海鮮丼弁当よりはおいしかった。網走のホテルは有線LANであったが、今夜は無線WIFIで、パソコンで一仕事済ませる。最近はどのホテルでもネット接続ができ、長期休暇中でも浦島太郎にならずに済む。

−つづく−
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2014年06月23日

北海道の旅16(14年6月)

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 大阪へ到着後、昼食と一服。自宅へは戻らない。再度東海道線上り普通電車で新大阪へ。15時00分発特急「くろしお17号」で新宮へ向かう。本来は、今回の旅にあたって、乗っておきたい列車、路線をピックアップし、北海道への往路に紀勢本線を経由する予定であった。しかし、急遽「トワイライトエクスプレス」に乗車することになり、スケジュール上、紀勢本線を経由しての北海道行は不能となった。しかし、復路、大阪を通過しそのまま紀勢本線を南下することは可能である。札幌から熊野市までの乗車券を発券し、有効期間は10日間あるが、一気に旅を続けることにした。今回は無理して連休を取得したが、次はいつまとまった休みが取れるか分からない。

 14時50分に、新宮からの特急「くろしお18号」が新大阪駅に到着予定であるが、その列車が折り返し「くろしお17号」になる訳ではない。到着後、すぐに回送として京都方へ引き上げ、15時ぎりぎりに「くろしお14号」で到着した編成が回送で入線してくる。発車まで慌ただしく、全員が着席し終わらないうちに動き出す。381系国鉄特急車両で運行される貴重な列車の一つである。電子音に変わってしまい、やや残念な「鉄道唱歌」チャイムが流れ、車内放送が始まる。この列車の担当はみやこ列車区の担当で、和歌山まで乗務する。かつてみやこ列車区は新宮まで乗務していたが、白浜までの乗務と新宮行では、天王寺、和歌山など途中で交替するようになった。和歌山からは新宮列車区の車掌が担当する。新宮列車区もかつては1往復新大阪まで乗務していたが、和歌山で交替するようになった。

 昼過ぎの中途半端な時間とあって、天王寺を発車しても自由席車内は半分以上が空席である。三国ヶ丘を通過すると右側に森の様な小高い丘が見える。かつて仁徳天皇陵とも言われていた大仙古墳である。関西空港連絡線が分岐する日根野も通過し、県境の峠を登っていく。やがて和歌山県へ入りトンネルを過ぎると視界が開け紀ノ川を中心に平野が開けてくる。徐々に山を下り、紀ノ川鉄橋が近づくと、「鉄道唱歌」チャイムが流れ、和歌山到着案内、乗換案内が行われる。半数近くの乗客が席を立つ。

 和歌山からは高校生の団体が顧問付き添いで乗車してきた。串本で下車していったが、団体割引が効くわけであるから指定席を利用してもらいたいものである。たまたま自由席は閑散としていたからいいようなものの、白浜などへいく観光客と鉢合わせになったりしようものなら、生徒たちは可哀想だし、皆が迷惑を被ることになる。

−つづく−
 
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2014年06月22日

北海道の旅15(14年6月)

 敦賀を発車すると鳩原ループ線の案内が行われ、一周し再び下り線と合流するあたりまで、車掌さんによる実況解説が続く。長いトンネルを過ぎると滋賀県、車内放送でも県境を通過するごとに案内が行われる。北陸本線から分岐して湖西線へと入る。しばらくすると琵琶湖に沿って走行する。琵琶湖と比良山地についての案内が流れ、大津京で最後の運転停車。特急サンダーバードが先を急ぐ。

 大津京を出て、長いトンネルを出ると京都府である。懐かしいオルゴールの音色が聞こえてきた。「ハイケンスのセレナーデ」であるが、電子音ではなくオリジナルタイプのものである。ずっと1号車の車掌室から放送が行われているので、同じ電子音のチャイムが流れるはずなのであるが、2種類存在するのだろうか?往路の「北斗星」も同様であった。謎は残るが、旅の終盤に思わぬサプライズであった。京都ではまとまった下車があったのであろう。車掌さんのコメントにも終着駅同様の御礼が付け加えられた。

 京都を出ると、大阪発札幌行の「トワイライトエクスプレス」と間もなくすれ違うとのアナウンスがある。向こうの乗客は始まったばかりの旅に気分も高揚しているであろうが、こちらは夢から現実へと戻っていく対照的な心理状態であろう。食堂車クルーは大阪から札幌まで乗務し、その日のうちに大阪まで引き続き乗務する。1往復で週間所定労働時間+αであるから、大変な激務である。車内にはクルー専用の寝台区画もあるが3段寝台で、仮眠時間もわずかという。

 新大阪を出ると、最後のアナウンスが流れる。乗換案内が簡単に行われ、淀川の鉄橋を渡ると「いい日旅立ち」のメロディーが流れ、23時間近い日本一のロングラン汽車旅は終了した。

 本来なら、これで、「北海道の旅」は終了のはずであるが、実はこのまま自宅へ戻るわけではない。

−つづく−
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2014年06月21日

北海道の旅14(14年6月)

 敦賀駅では、車掌さんもカメラマンとなり乗客の記念撮影を行ったり、自ら一緒に被写体になったりと大忙しである。機関車連結作業は先ほど展望車を清掃していた作業服姿の駅係員が行う。ヘルメットをかぶっていたので気が付かなかったが、女性である。手旗で機関車の誘導をし、静かにEF81が展望スイートの車両に連結された。いよいよラストスパートである。

 日本海から分水嶺を越えて滋賀県へ抜ける為、敦賀を出ると、上りの急勾配となる。まっすぐには上れないので、円を描くようにゆるやかに山を登っていくループ線がこれから通過する鳩原ループ線である。車内からその様子がわかりやすいことから車内では詳しい案内が行われた。敦賀駅を発車する際に、市内に聳える紅白の2本の煙突を覚えておくと分かりやすいと解説される。鉄道ファンならずとも興味深い鉄道模型の様なレイアウトは必見である。



−つづく−

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2014年06月20日

北海道の旅13(14年6月)

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 目が覚めると、柏崎を通過したあたりである。外はすでに明るい。ちょうどタイミングよく日本海が見えてきた。発電所の煙突を遠目に見ながら、トンネルをいくつか過ぎると、鯨波、青海川など美しい海沿いに走行する。6時20分頃、札幌発車後以来の電子音の「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが流れ、おはよう放送が始まる。最後に、「上越市は・・・合併し・・・上杉謙信の・・・春日山・・・」と観光ガイドも付け加えられた。

 食堂の案内放送に続き、トワイライトエクスプレス運行25周年の歴史が紹介され、記念のスタンプがサロンに設置されている旨案内が行われた。立派なスタンプ台紙(A4サイズ)が用意され、トワイライトエクスプレスの停車駅のスタンプ+25周年の特製スタンプが押せるようになっている。スタンプを押した後で、車掌さんに日付とサインをしてもらうと立派な乗車証明書になる。併せて、トワイライトグッズの中からクリアファイルを購入して皺にならないよう持ち帰るのがベストであろう。
 
 糸魚川通過時には、中央構造線や姫川の案内、さらには親不知・子不知の案内、黒部川、富山湾、立山など要所要所で車窓案内が行われる。富山を過ぎると、サンダーバードの運行区間内で、生活圏内に戻ってきた感じになる。アピタや平和堂など馴染の深いスーパーなどの看板も目立つ。北陸新幹線の高架橋を左に右に見ながら富山県から石川県へ。当然車内には倶利伽羅峠の案内が流れる。

 富山、金沢など主要駅でも停車時間はわずかである。先を急ぐわけでもないので、駅そばくらい食べられる程度停車してもよさそうなものであるが、これから芦原温泉、敦賀、大津京などでサンダーバードの待避や機関車交換でまとまった停車があるので、極力無駄な停車時間は省きたいのであろう。加賀温泉手前では加賀温泉郷と加賀観音の案内が流れる。やがて福井県である。福井到着案内では、例によって「福井市は・・・」と付け加えられる。

 北陸トンネルに入る前には、「このトワイライトエクスプレスは、日本で一番長い青函トンネルと二番目に長い北陸トンネルを通過する列車です・・・」と紹介された。世の中にはナンバー1は多数あり、知名度は高いが2番目は意外と知られていない。やはり2番じゃダメなのである。

 日本で一番高い山は?富士山であることは小学生でも知っている。一番低い山は大阪港に近い天保山であることも広く知られている。では、2番目に高い山は?2番目に低い山は?

 敦賀では機関車交換の為、20分弱停車する。洞爺駅以来の屋外散歩である。列車の編成を控える。

14年6月6日 第8002列車 特急トワイライトエクスプレス
DD51−1137 札幌−五稜郭
DD51−1143 札幌−五稜郭
1.スロネフ25−501
2.スロネ 25−501
3.スシ  24−  1
4.オハ  25−551
5.オハネ 25−523
6.オハネ 25−522
7.オハネ 25−511
8.オハネ 25−561
9.オハネフ25−501
電.カニ  24  12
EF81−113 青森−敦賀
EF81− 43 敦賀−大阪 

敦賀駅では、多くの乗客が機関車付近で記念撮影を行っている。展望スイートでは、駅係員がデッキブラシで汚れた窓ガラスを清掃している。展望が売りのスイートであるから汚れはご法度である。

−つづく−
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2014年06月19日

北海道の旅12(14年6月)

 前日の早朝に寝台特急「北斗星」で北海道入りしたばかりであるが、早くもお別れである。蟹田で運転停車し、運転士が交替する。車掌はJR西日本の車掌とここで交替していた時期もあったが、現在は青森で行っている。JR西日本の車掌もここで1日待機するのは退屈だったであろう。

 青森で車掌が交替。機関車の付け替え等で、30分近く停車する。車掌はごみ袋を持って、車内清掃から仕事が始まる。まとまった停車時間を利用してごみを降ろしてしまおうという段取りのようである。本来ならJR東日本の委託の清掃業者が行う業務であるが、コスト削減であろう。14系座席車が入線してきた。札幌行の急行「はまなす」である。出来るものなら、ここから引き返したいような思いになりながらゆっくりと動き出す。

 おやすみ放送が流れる。初めて見る新青森では運転停車で特急「つがる」と交換。車内は消灯され、コンパートのドアとカーテンを閉めると真っ暗である。本来は下段が自分の席であるが、全て寝台は空いているので、上段にシーツを敷いて眠る。「北海道の旅11」に寝台内の写真を添付しているので、確認いただけると思うが、初期の24系は寝台側の窓は通路側と同じ大型タイプで、上段寝台で横になった状態で車窓が見られる。後期タイプは窓が小さいので上段寝台から車窓は見えない。下段には誰もいないので、ブラインドを全開にして上段寝台からしばし青森郊外の車窓を見る。しかし、すぐに眠ってしまった。次に気が付くと八郎潟を通過したあたりであった。まだすれ違う普通電車がある。再度車窓を見ながら、秋田に到着。発車すると今度は深い眠りに入った。

−つづく−
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2014年06月18日

北海道の旅11(14年6月)

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 札幌の市街地もあっという間に過ぎ去り、もう旅のエンディングなどか・・・と名残惜しいような気分で流れゆく車窓に目をやる。電車や気動車とは異なり、客車独特の滑らかでマイルドな走行音は心地いい。ただし、座席はあくまでもベッドである為、背もたれが直角で座面の奥行が深いため、長時間座ったままだと腰が痛くなる。猫のように窓際の大きなテーブルに両肘を置き、顎を乗せたりと色々な姿勢で体への負担を抑える。やはり年齢を感じる。

 南千歳を発車すると、食堂の案内があり、ティータイムとのこと。札幌行の場合はランチタイムがあるが、大阪行の場合はない。札幌発車前にいろいろ買い込んでいるので、飲み食いに不自由はない。

 北海道内最後の停車駅が洞爺である。ここでは貨物列車の追い越し待ちで、まとまった停車時間がある。多くの乗客は散歩を兼ねてホームで記念撮影を行っている。洞爺を出ると、翌朝、新津までドアは開かない。寝台特急日本海が廃止になった今、大阪-函館で開放B寝台を2両増結し、函館、青森での客扱いをすればいいのではないか。やがて、有珠山、昭和新山の車窓案内が流れる。次は、左側に内浦湾が広がり、しばらくは通路側の折り畳み椅子で車窓を楽しむ。ずっと晴天であったが、次第に雨雲が近づいてきたのか、雨雲のある地域へ列車が南下してきたということなのか曇ってきた。本州では梅雨前線の影響で大雨という。それでも、駒ヶ岳は美しい姿を見せている。

 食堂スタッフが朝食のオーダーを取に来る。ゆっくり食堂車で朝食もいいのだが、うるさいおばさま方の中では食欲もうせてしまいそうなのでパス。その代わりに、その後でトワイライトグッズを販売に来た為、子供たちへスポーツタオルとクリアファイルを購入した。前者は品切れで伝票起票と支払いのみ。商品は後日発送とのことで、荷物にならなくて助かる。

 
 森を過ぎると、砂原線を経由する。線路保守の不備により脱線事故を起こし話題となった区間である。駒ヶ岳の車窓案内と共に、現在この路線では枕木をコンクリートのものに交換する作業を集中的に行っていることなども付け加えられた。小沼が見えるころには、駒ヶ岳は雲の中へ入ってしまっていた。トンネルを抜けるとやや薄暗くなってきた車窓に北斗市やその奥に函館市の市街地広がる。新幹線の車両基地、新駅も遠目に確認できる。ちょうど前日の北海道新聞の一面に駅名決定の見出しが出ていたが、この日の車内放送はマニュアル通りだったのであろう、北斗市と函館市との調整が難航して決まっていない旨の案内がされていた。

 五稜郭で、運転停車。機関車の付け替えの為、17分程度止まる。車外に出ることもできないので、夕食にする。札幌駅前の地下で購入したチンジャオロース弁当特価の450円也。東京のデパ地下ならその倍はする。デザートのフルーツゼリーを食べ終わる頃、進行方向逆向きに動き出す。誰もいないので、向かい側の寝台に腰を掛ける。車窓には函館山を見ながらどんどん北海道から離れていく。

 先日、木古内-江差間が廃止され、多くのファンが押し掛けたであろう木古内駅を通過すると、青函トンネルの歴史や設備についての詳しい案内放送が流れる。初めて札幌行の「トワイライトエクスプレス」に乗車した時はサロンカーで車掌さんによる講演会もあった。長い放送が終わるとやがて長笛一斉でゴーという音と共に青函トンネルに突入した。

−つづく−
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2014年06月17日

北海道の旅10(14年6月)

 札幌滞在時間は2時間。まず、みどりの窓口で「トワイライトエクスプレス」の空席状況を確認する。前日までは、Bコンパートの上段が若干余っている程度でほぼ満席であった。しかし、一気に空席が出ていた。所有していたBコンパートは向かいの下段に予約が入っていたが、隣の区画など多くが空席となっていた。団体枠のキャンセルである。隣の区画へ変更してもらう。少ない一般枠に乗客が集中し多くの区画が4人埋まっているが、座席を変更したため、ゆったりとした旅が出来る。

 これで開放B寝台が4人用個室貸切状態となった。シングルツインも若干空きが出ていたが、Bコンパート独占できるなら後者の方が絶対おすすめである。

 昼食であるが、ラーメンは「みそバターラーメン」など北海道風や「とんこつ」などこってりも好きではない。あっさりが好みなのでパス。昨晩は牛丼だったので・・・と思っていたら海鮮丼のお店が目に入る。地元の人がメインのお店のようで、おすすめは「カツオの塩タタキ丼」という。今回も初ガツオが食べたくて高知へ行くか迷ったくらいであるから、迷わず決めた。高知で食べたものとは風味は劣るものの、平均やや上レベルでお値段の割には合格。北海道民も北の魚ばかりでは飽きるであろう。この後、魚屋さんを見ていると、高知産の「真あじ」が氷水に入れて比較的鮮度のいい状態で販売され、千葉産のカツオなども普通に並んでいる。

 デパートの物産展などでは購入できない、北海道限定発売のとあるお茶を求めてお店を探す。百貨店ならあると思いインフォメーションへ。すると、店内にはなかったが、向かいの駅ビルに入店しているらしく、その地図まで用意し詳しく教えて頂いた。パソコンで検索するわけでもなく、他店の情報まで即答できるとは素晴らしい。

 あっという間の2時間で、13時45分頃、「トワイライトエクスプレス」は入線してきた。寝台特急の旅立ちには早い時間である。9号車Bコンパートは、キャンセルで大幅に減ったものの年輩の団体グループ客と数名の一般客。指定された開放B寝台の区画は1人だけ。通路側の扉を閉めれば4人用個室に変わる。通路側の折り畳み式の座席も使用でき、内浦湾など左側の車窓を見るときは移動すればいい。発車前に車内改札が済まされる。個室は時間がかかる為、B開放など先に済ませておこうということであろう。これは録音や撮影をする立場からすると助かる。発車直後に車内改札や個室やカギの説明などされると撮影がNGとなってしまう。

 まだ日の高い14時すぎ、列車はゆっくりと札幌を後にする。10年ぶりに訪れた札幌もわずかな滞在時間であった。次はいつ来られるかな?・・・など思っていると恒例の「いい日旅立ち」のメロディーが流れてくる。「皆様の夢を乗せ、トワイライトエクスプレスは札幌を発車いたしました・・・」。個人的には、「ハイケンスのセレナーデ」のメロディーで車掌さんの肉声でおもてなしのあいさつを始める方が好感を持てる。

 札幌発車後は電子音の「ハイケンスのセレナーデ」が流れた。JR北海道ではかつてリゾート特急などではチャイムを流さないという時代もあったが、「トワイライトエクスプレス」では使用を続けている。一方、大阪車掌区では、日頃頻繁にチャイムを使用する車掌さんでさえ、自粛をしており、全く使用しないケースもあるという。青森までは函館運輸所の車掌さんが2名乗務する。

−つづく−

 
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2014年06月16日

北海道の旅9(14年6月)

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 網走ロイヤルホテルは、部屋もベッドも広く快適な一夜を過ごすことが出来た。6時過ぎにチェックアウト。ゆっくりと朝食を摂りたいところであるが、6時23分発の特急「オホーツク2号」で札幌へ出なければ、「トワイライトエクスプレス」に間に合わない。網走駅に着くと、既に特急「オホーツク2号」は入線している。

 183系気動車は塗装こそJR北海道仕様であるが、国鉄特急車両で、先頭は貫通タイプの運転台。最後部は非貫通の高運転台タイプである。遠軽までは先頭車が自由席となる為、客室最前部の座席を選ぶ。前面展望を楽しむことが出来る。網走を出ると、網走湖に沿って走る。25年ほど前、「オホーツク2号」に乗車した時は、旭川車掌区のベテラン車掌長が網走湖について車内放送で延々と説明をしていた。今回は全くなし。代わりに車内販売の案内が流れる。遠軽駅の「かにめし」の予約を受け付けるという。昨日乗車した「スーパーおおぞら」の座席に配布されていた車内販売メニューを事前にチェックしていたため、ローソンおにぎりは回避した。

 北見ではまとっまた乗車があるものの、1両半の自由席は50%程度の乗車率。北見を発車すると長い地下道を走行する。しばらく田園風景を進むと常紋越えである。いわく付きの常紋トンネルも前面展望するが、思ったより短く。何事もなく通過して下り坂となる。遠軽では進行方向が変わる。車内放送でも座席転換のお願いが流れ、皆座席を回転させて進行方向に合わせる。発車すると車内販売員が予約していた「かにめし」を持ってきてくれた。まだご飯は温かく、出来立てである。

 遠軽を発車すると、車内放送で「これから列車はシカなど野生動物が多く出没する地域を走行してまいります。安全運行には努めますが、危険回避のためにやむを得ず急ブレーキをかける場合もありますので・・・」と注意放送が流れた。常紋峠に続き、今度は北海道の屋根を通過する石北越えで、延々と勾配を上り続ける。長い石北トンネルを越えてすぐの信号所近辺がJR北海道で最も標高の高い場所となる。大雪山系など高い山の渓谷には雪も見えるが、北海道の内陸部では前日最高気温日本一を記録している。この日も日差しが強い。西日本中心に梅雨前線の影響で大雨のようであるが梅雨がないという北海道を選択して正解であった。バースデイきっぷを使って四国や九州にしようかとも迷った結果、ブルトレを優先して北海道にした経緯がある。しかし、北海道から離れると北海道は梅雨の様な雨続きという。今回は上手く雨雲を避けるような行程であった。

 市街地郊外ではお馴染の衣料品チェーン店や外食店などの数が増え、次第に市街地が広がってくると旭川である。高架後は初めてで、近代的な駅に生まれ変わっている。ここで、乗客の半分が入れ替わる。車掌も交替する。ここからは函館本線をラストスパートである。「アルプスの牧場」のオルゴールが流れ、肉声で札幌駅の乗換案内放送が流れる。11時46分、24時間ぶりに札幌へ戻ってきた。また5分後の「スーパーおおぞら5号」に乗ればエンドレスで道東の旅となる。

 神戸からの片道切符はこれでおしまいである。札幌駅自動改札機に通すと、すっと吸い込まれていった。さて、これから「トワイライトエクスプレス」の発車まで約2時間である。

−つづく−
 
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2014年06月15日

北海道の旅8(14年6月)

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 釧路駅では地下道を通り、釧網線の普通列車に乗り換える。平日の16時過ぎということで、車内は満員かと思いきや、キハ54型気動車1両で半分は空席であった。座席は14系?の簡易リクライニングシートが転用されており、座席の向きを変えることは出来ないが、リクライニングは機能している。本来なら、高校生などで一杯のはずなのだが、どうしたのだろう?東釧路でそれでも数名の生徒が乗車したものの、少子化、過疎化が進行しているということなのであろうか?

 この列車でこの程度の乗車状況であるから、JR北海道も厳しいと思う。釧路湿原や塘路湖など久々に見る道東の景色を楽しむ。車内は冷房がなく、窓を開けてさわやかな空気を上半身に浴びながら心地いい。ただし、肥料や家畜の糞の香りも混ざり、それはそれで北海道という感じで受け止める。摩周で多くの乗客が下車。少なくなった乗客も川湯温泉でほぼ下車してしまった。ここを出ると、峠越えで、次の緑駅まで約15分かかる。この峠を通過する列車は1日4往復しかない。文化圏が変わるのであろう。峠を下ると緑。列車の行き違いがある。

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 斜里岳を見ながら田園風景を走行する。知床斜里で十数名程度の中高生が乗車し、やや賑やかになる。右手にはオホーツクの海が広がる。水平線上に太陽が沈みかけている。西ってそっちだったかな?と方向感覚がおかしくなる。小さな駅舎内は改造されてカフェなどになっているケースもあるが、国鉄時代のなつかしいローカル線の風景がまだ残っている。20年以上前にタイムスリップしたようである。

 19時19分、網走に到着。約3時間近いローカル線の旅が終了した。日も落ち、薄暗くなってきたので、この日は網走で宿泊する。駅前には大手全国チェーンのホテルが2件肩を並べるように立っている。道内ではこのツーショットをよく見かけるような気がする。今宵の宿は新橋を渡って、徒歩数分の網走ロイヤルホテルである。ここは大浴場があり、館内は浴衣OKであるから、ゆったり寛ぐことが出来る。

 その前に、夕食であるが、「すき家」の牛丼並とサラダ。湯上りデザート用にローソンで、温めるマンゴフローズンを購入。日常と何ら変わらない。そう毎回海鮮丼や寿司ばかりでは飽きる。実家では、山陰の新鮮な海の幸は食べ飽きているので、どちらかというと肉系が食べたい派である。折角北海道まで行って・・・と思うかも知れないが、あまり食へのこだわりはない。名物に旨い物なしというつもりはないが、珍味など個性的な味の食べ物は苦手であるから、結構名物を避けることの方が多いかも知れない。

−つづく−
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2014年06月14日

北海道の旅7(14年6月)

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 南千歳-札幌間は一筆書きのルートから飛び出すので、精算窓口で840円を支払う。札幌へ来るのはサッカー日韓W杯の時以来ではないか?札幌駅は1988年11月2日、地上駅最終日の夜行急行「大雪」で網走へ向かい、翌「オホーツク2号」で高架開業初日の札幌へ戻ってきている。したがって、他の駅と比べてより思い出深い。

 駅構内も随分様変わりしたようにも思うが、最近どこも同じような雰囲気になってきており、金沢駅や博多駅と同じように見えなくもない。まずは、東口から西口へ向かう途中にあるキヨスクで、ご当地キティーハンカチを土産に購入する。ハンカチは各地ともネタが尽きてきたのか新規発売は少なくなってきている。「愛国から幸福行きっぷ」バージョンの絵柄など未所有の3種類を購入。最低限の土産はゲット。実は、もう一つ家族からの頼まれモノがあるのだが、30分足らずでそのお店を探している余裕はない。

 あとは、お昼の弁当を買わねばならない、デパ地下へ行ってゆっくり物色する暇もないので、改札内の駅弁屋さんへ。定番の「鮭めし」を購入する。かつては、各地の駅弁を食べるのも楽しみであったが、一通り有名どころは食してきたので、最近では折角地方へ行っても、牛丼やコンビニ弁当も珍しくない。

 特急「スーパーおおぞら5号」は283系気動車である。JR北海道では、車両トラブルで一部車両の点検、再整備に伴う車両不足から特急列車の運行休止や最高速度の抑制を行っている。同列車でも火災を起こしたりしていたが、この車両は大丈夫なのだろうか?線路の保守についても、いちいち心配していても仕方ないが、何事もないことを祈るしかない。

 発車前から大橋俊夫さんの声で繰り返し自動放送が流れる。発車すると、ディーゼルカー独特のエンジン音を響かせながら加速していく。特急「タンゴエクスプローラー」と同じ車内放送チャイムが流れる。大橋さん登場かと思いきや、女性の声で「皆さんこんにちは!」ときた。客室乗務員による肉声での案内である。意表を突かれた感じで、形式的な案内とは異なり、歓迎感が伝わってくる。やはり、旅の始まりと終わりはこうあって欲しい。8両編成に車掌1名と主に車内販売を担当する女性客室乗務員が2名乗務している。車掌は釧路運輸車両所の担当であるが、普通列車はほぼワンマンの為、若手でも特急乗務中心である。かつて、若手はローカル線の普通列車専門で、特急はベテラン車掌長と専務車掌が白いスーツに赤腕章で乗務という憧れの存在であった。

 車窓からは、初夏の強い陽が差し込む。冷房が効いているからそれ程感じないが、夜のニュースでは、この日(6/4)全国で最も暑かったのが北海道の上富良野町で、最高気温36.8度だったそうである。最高気温が低かったのも北海道で、えりも町の15.5度だったという。北海道はやはり広い。ちなみに、札幌でも33.7度で、今年の自身体感の最高気温である。

 新緑の石勝線、狩勝越えの車窓を見ながら、あっという間の4時間。釧路に到着。かつて80系特急や、56系の急行、夜行急行「まりも」などでのんびりと移動していた記憶が強く、札幌-釧路の距離が近く感じられる。途中行き違い列車遅れの影響で7分程度遅れている。釧路からは釧網本線の普通列車で網走へ向かうが、釧路で途中下車している時間はない。即乗換である。

−つづく−



 
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2014年06月13日

北海道の旅7(14年6月)

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(娘の開放B寝台風勉強部屋 上段はベッド・・・「テツ子の部屋」)

 函館を発車して、五稜郭までは先ほど通った区間を逆行する。函館駅で乗降の扱いのない「トワイライトエクスプレス」は函館には寄らず、五稜郭で機関車の交換、方向転換を行う。

 やがて大沼国定公園へ向けてゆるやかな勾配を上っていくが、渡島大野駅付近に北海道新幹線の暫定終着駅「新函館北斗駅」の駅舎や車両基地の建設風景が車窓からも見える。いくつかのトンネルを抜けると車窓には大沼国定公園の中の小沼とその対岸に駒ヶ岳の優美な姿が広がる。朝陽に輝く新緑と青い空は初夏の北海道らしい光景である。約30年前初めて北海道へ来た時は青函連絡船の夜行便「大雪丸」で早朝の函館に降り立ち、80系特急「北海1号」でもう少し早い時間帯に通過した。ブラームスの子守唄のオルゴールに続き、ベテラン車掌長の名調子で大沼国定公園の案内が流れ、感動したのを思い出す。当時の新鮮さこそ薄れたものの、その美しさは今でも変わらない。

 大沼国定公園を過ぎると、今度は太平洋を望む内浦湾沿いに列車は走行する。車窓正面の水平線方向が室蘭でぐるっと時計回りに半円を描くように海沿いを進んでいく。「北斗星」では、B寝台や個室などの多くは進行右側に配置されており、内浦湾の美しい車窓を楽しむことが出来る。「トワイライト」の場合は逆で、一部個室を除き北海道内の函館-札幌間は山側に配置されている。Bコンパートの場合は、寝台や通路の簡易座席などいずれでも楽しむことが出来る。やがて、有珠山や昭和新山なども見え、サラブレッドなどの牧場、工場の煙突など変化に富んだ景色を楽しみながら、あっという間に南千歳。

 札幌までラストスパートである。札幌の市街地が広がり、函館本線と合流すると、懐かしい昔ながらの「ハイケンスのセレナーデ」でオルゴールが流れた。上野駅発車後は電子音であった。動画投稿サイトなどでは、ごくわずかに旧式のハイケンスのチャイムが残っているという情報はあったが、まさかそれに巡り合えるとは思いも寄らなかった。車掌の乗務位置は5号車、11号車であるから、「北海道の旅5」で記した編成から該当の車両を推測頂きたい。放送の主は5号車に陣取っていたはずである。昨晩の上野発車時は電子音だったことから、5号車には2種類の放送装置が存在するのかも?JR九州の183系「ゆふいんの森2世号」の中間乗務員室には、複数の放送用マイクがあり、それぞれ「アルプスの牧場」「JR四国チャイム」などが搭載されていた。さらに別途電車用の「鉄道唱歌」オルゴールまで搭載」していた。

 「北斗星」の旅の最後はサプライズで締めくくられた。11時20分、5分遅れで札幌駅に到着。ここで、昼食にラーメンでも・・・と思いきや、11時51分発の特急「おおぞら5号」に乗り換えねばならない。

−つづく−
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2014年06月12日

北海道の旅6(14年6月)

 気が付くと、カーテンに囲まれた真っ暗な空間で横になっている。久々のブルートレインで眠っていたのだ。夢ではない。心地いい揺れと、静かな走行音に包まれながら熟睡した。

 車窓はまだ暗いが、車内も消灯されている為、よく見える。新幹線の高架が併走し、やがて新幹線駅に停車。どこだろう?すぐに動き出し、駅名に「一ノ関」の文字が確認出来た。流れゆく未明のみちのくの車窓も眺めていたいが、昼間に備えてもう一眠りする。再び目覚めると、もう明るい。

 どこだろう?見慣れない風景であるが、やがて通過した駅から「浅虫温泉」の文字が見える。青森-浅虫温泉は録音の為、国鉄時代からよく行ったり来たりした区間であるから景色も記憶の隅に残っている。ただし、現在走行しているのは東北本線ではなく、第三セクター・青い森鉄道である。「北斗星」がなければ、わざわざ乗る機会もない路線であろう。やがて青森市街へと入る。車内放送はまだ再開されていないが、かつて「はつかり」「八甲田」「はくつる」などで聞いた青森終着の車内放送が脳裏に甦る。青函連絡船への乗り継ぎ案内など長い放送であった。

 青森で進行方向が変わる。最後部の1号車に、真っ赤な青函トンネル専用のED79型電気機関車が連結される。ホームには降りられないが、最後部の貫通扉から連結風景を見学する。発車の頃には、青函連絡船が停泊していた方角から車内へと朝陽が差し込む。津軽線へ入ると左手には車両基地が広がる。「スーパー白鳥」「つがる」の特急電車の他、ブルートレイン「あけぼの」「日本海」で使用されていたブルートレイン、更には、廃車待ちの疎開なのか211系や651系なども留置されている。基地を過ぎると東北新幹線の高架線がこちらへ向かって伸び、一緒に北へと向かう。北海道新幹線の路線となる。海峡線へ入るあたりから新幹線、在来線が一体化し、線路が三本となる。青函トンネルに入り、お互い機関車のホイッスルが鳴ったかと思うと、札幌発青森行急行「はまなす」と一瞬のうちにすれ違った。2つの旧海底駅では灯りが燈り、狭いホームや避難用の通路などが確認できる。

 トンネルを出るとすっかり日は昇り、北海道の車窓が始まる。「海峡」「はつかり」が廃止になる直前に来て以来であるから10年余り経っているが、タイムラグは感じない。景色もまだ鮮明に覚えている。函館山が見えると、朝の車内放送が再開された。車掌は青森で青森運輸区から函館運輸所へ交替しているが、早くも函館では札幌車掌所へ交替するという。上りの「北斗星」も同様である。食堂営業開始のアナウンスも入る。

 函館では、ED79型電気機関車の切り離しとDD51型ディーゼル機関車連結作業で、14分停車する。朝の運動を兼ねて作業風景や編成の観察を行う。残念ながらホームの売店は営業していない。10分ほど前には「スーパー北斗2号」もあるので、営業してもよさそうなものであるが、やる気がないのか採算が取れないのか・・・?

−つづく−
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2014年06月11日

北海道の旅5(14年6月)

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 東京駅デパ地下は、帰宅途中のOLやサラリーマン、出張族でにぎわっている。和洋中様々なお惣菜や弁当、デザートまで目移りがする。ゆっくり物色したいところであるが、40分程度で買物を済まさなければならない。これから北海道へ行くというのに海鮮丼を購入。わざわざ北海道まで行かずとも東京でも新鮮な海の幸は食べられる。東京駅駅ナカの駅弁コーナーでは、米沢駅の「牛肉どまん中」を購入する。東京出張の際はかなりの頻度で購入しているが、今回も朝食用に購入。これで、翌日のお昼前まで大丈夫だ。

 上野駅19時03分発の寝台特急「北斗星」は低いホーム13番線からの発車である。18時40分頃には、乗客や鉄道ファンが先頭機関車停止位置やホーム末端付近に集まる。18時45分頃、客車を先頭に推進運転でゆっくりと「北斗星」は入線してきた。まだ、殺気を感じるようなパニックもなく、皆ゆずりあってカメラのシャッターを切っている。「ああ上野駅」の発車メロディーで出発である。

 14年6月3日 第1列車 特急「北斗星」
EF510−514 上野-青森
DD51 −1143函館-札幌
DD51 −1137函館-札幌
電.カニ  24−508
11.オハネフ25−214
10.オロハネ25−553
9.オロハネ25−502
8.オロネ 25−504
7.スシ  24−506
6.スハネ 25−502
5.オハネ 25−552
4.オハネ 25−566
3.オハネ 25−562
2.オハネフ25−216
1.オハネフ25−  8
ED79−19 青森−函館

 振動もなく、ゆっくりと列車はホームを滑り出すと、電子音の「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールでベテラン車掌の肉声による車内放送が始まる。昔から変わらぬ旅の始まりの儀式である。当たり前のように自動放送が多くなってきたが、自動放送で「ご乗車ありがとうございます・・・」と言われても、何の歓迎感も伝わってこない。おもてなしの精神はどこへ行ってしまったのだろう?

 6月ということで、車窓はまだ明るい。通勤客で一杯の京浜東北線の電車などを横目にしばしの優越感に浸るひと時である。大宮を出てしばらくすると車内改札がやってくる。今回は開放式B寝台であるが、向かいの席には札幌近郊へ所用で出かけるという初老の婦人。上段は終点まで空席のままであった。全体的に下段はほぼ埋まっていたが、上段は半分程度空席であった。街の灯りもまばらとなり、車窓も暗くなってきたところで夕食。向かいの婦人は崎陽軒のシュウマイ弁当である。こちらは海鮮丼。

 21時20分過ぎには、おやすみ放送が流れ、車内放送は6時20分頃まで休止とのこと。久々のB寝台の寝心地を楽しむべく早めに床に就く。乗り心地を楽しむ暇もなく爆睡状態へと・・・。

−つづく−
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2014年06月10日

北海道の旅4(14年6月)

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 三島(16:06発)から東京(17:44着)までは185系特急「踊り子114号」に乗車する。この日、伊豆箱根鉄道修善寺からの列車は185系5両の大宮区C2編成である。クハ185-4を含むこの編成は希少となったゼンマイ式の「鉄道唱歌」オルゴールを搭載している。ただし、C編成すべてがそうというわけではなく、一部には電子オルゴールに交換されている編成もある。

 特急「踊り子」の車内放送は最後部で行うので、下り「踊り子」の東京-修善寺間に乗車すると比較的昔ながらの「鉄道唱歌」オルゴールの音色を聞くことが出来る。しかし、上りの場合は、熱海で後部に伊豆急下田からのA編成(10両)を繋ぐため、熱海以東では電子オルゴールとなる。少し前まではB編成(7両)を連結する列車もあり、時々東京到着前でもオリジナルの「鉄道唱歌」を聞くことが出来たが、現在は未確認。いずれにせよ運次第である。車掌さんの気分次第では鳴らさないこともあり、折角のオルゴールも宝の持ち腐れとなる。三島-熱海間はわずかながらJR東海エリアということで、沼津運輸区の車掌が担当。この日は、三島、熱海でそれぞれ「鉄道唱歌」が流れた。かなり前であるが、浜松運輸区の車掌が担当していた時期もある。

 熱海からはJR東日本の車掌と交替。ホームでは駅員による誘導で伊豆急下田からの「踊り子」を連結作業が行われる。行楽客も少なく、大都市・東京や横浜に乗り入れる列車としては残念な乗客数である。平日の「踊り子」号の運行本数からも需要がうかがえる。

 品川を発車すると、旧田町電車区跡地や品川客貨車区、東京機関区などの広大な車両基地の再開発の様子が確認できる。さいたま新都心駅周辺のような再開発が行われるのであろう。夕方の帰宅時間帯で過ぎ行く駅ホームや通過する電車も混雑が始まりつつある。新橋を通過すると電子オルゴールの「鉄道唱歌」が流れ、東京終着を告げるアナウンスが始まる。自動放送ではなく、肉声放送には癒される。国鉄時代に誕生した185系も一部車両に廃車や特急「草津」、「あかぎ」(一部除く)からの運用離脱も発生しており、「踊り子」の185系もいつまで存続するか危うい。機会さえあればまた乗っておきたい。

 次は、いよいよ今回の旅行のメインの一つ寝台特急「北斗星」に乗車である。入線まで約1時間。東京駅のデパ地下で今夜の夕食などを調達し、上野へ向かう。

-つづく-

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2014年06月09日

北海道の旅3(14年6月)

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 大阪7時58分発の特急「ひだ25号」での旅立ちとなる。北陸線の特急が発車する11番線からの発車で、短い3両編成はホーム中ほどに停車する。ホームに散在する人々の多くは次発の「サンダーバード5号」の乗客のようで、発車間際に入線してきたJR東海のキハ85系に乗り込む乗客は少ない。自由席は中間2号車1両のみであるが、乗客は十名程度。新快速も乗車位置のコツさえつかめば新大阪あたりからだと座れることもあり、京都、草津あたりで下車するビジネスマンも以前と比べると減った。

 米原駅でJR西日本からJR東海の乗務員に交替する。毎度のことであるが、大阪を出て1時間半余りしか経っていないのに、関ヶ原を過ぎると気分的に遠くへ来たように感じる。関西から東海という文化圏の違いというか目に見えない壁を感じる。このまま岐阜で「ひだ4号」に乗り継げるが、あえて大垣で下車する。大垣までだと自由席特急料金は150キロ、岐阜までだと200キロとなる為、ささやかな節約と久々の大垣に降り立つ為である。大垣ではJR東海のパンフレットなどを物色。高山線全通80周年記念の「ヘッドマーク」「車体ラッピング」デザイン募集の告知や東海道新幹線開業50周年記念イベントなど東海情報を仕入れる。のんびりする間もなく、大垣折り返しとなる313系快速で岐阜へ。先ほど乗車してきた「ひだ25号」も、名古屋からの特急「ひだ5号」との併結とこれから乗車する「ひだ4号」の待ち合わせで停車している。西村京太郎ミステリートリックで使えるかな?

 岐阜からは「ひだ4号」に乗車。高山から来た列車はここで進行方向が変わるが、名古屋まで20分程度ということで座席転換のお願いの放送もなく、乗客も全く座席を転換しようともせず逆向きのままである。1両しかない自由席であったが、岐阜で下車したのであろう2列が空いていたので、座席を回転させ向かい合わせで贅沢な空間を確保。名古屋到着前は中途半端な短い自動放送が流れ、車掌による乗換案内が流れる。ほぼ大阪-名古屋間の特急「ひだ」の短い旅が終了。後続の「しなの」だと自由席特急料金はこの後乗車する新幹線との乗り継ぎ割引でもっとお得になるのだが、今回の旅は乗りたい列車に乗るのが第一目的である。

 名古屋で所用を済ませ、新幹線で一気に三島へ。日中の「こだま」はガラガラで、貸切状態。各駅で5分停車とのんびり旧700系の乗り心地を楽しむ。豊橋駅の名物いなり寿司が食べたく、売店へダッシュ。「こだま」には車内販売やビュッフェの営業はないが、各駅で買物が出来るので助かる。あいにく富士山は見えない。

-つづく-

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2014年06月08日

北海道の旅2(14年6月)

 寝台特急「トワイライトエクスプレス」は臨時列車で、今の時期は札幌発火、木、土、日の週4便である。金曜日に札幌を出発したかったのだが仕方ない。日程上、火曜日の上野発「北斗星」、木曜日の札幌発の「トワイライト」が決定。その前後をどう組み立てるかである。めったに取れない休暇であるから、コストよりも乗りたい列車を優先してピックアップする。

 名古屋で所用がある為、大阪-名古屋は「ひだ25号」「ひだ4号」を乗り継ぐ。大阪発の「しなの」だと名古屋から乗り継ぐ新幹線の絡みで特急料金は半額で済むのだが、趣味的は自動放送で詰まらない。「ひだ」同士は岐阜ですぐに接続しているが、あえて大垣から岐阜間は313系快速を挟む。些細なことであるが、大垣までだと150キロ、岐阜だと200キロの特急料金となる。名古屋-三島間は新幹線、三島-東京は廃車が始まった185系特急「踊り子114号」で東京へ。

 「北斗星」で札幌到着の翌11時15分の後は、翌日の14時までに札幌に戻らねばならない。11:51発の特急「スーパーおおぞら5号」で釧路、釧網線を通り網走で宿泊。特急「オホーツク2号」で札幌着は11:56となる。24時間で道東一周である。JR北海道は自動放送が多く、「スーパーカムイ」「すずらん」など興味は薄い。北海道の旅といっても、道南は寝台特急での往復、道東は特急でぐるっと一周だけのシンプルな工程に決定した。

 これまでは周遊きっぷなどフリータイプの乗車券での旅が多かったが、今回は、一筆書きの切符とする。神戸市内から東海道線・東北線・津軽海峡線・函館線・室蘭線・千歳線・石勝線・根室線・釧網線・石勝線・函館線で札幌市内までの片道切符を購入する。途中、第三セクターを通ったり、国鉄時代と異なり、時刻表片手に運賃計算するのが大変である。北海道の割り増しや地方交通線の扱いなど、正確に計算できる人は少ないであろう。29,340円也、15日間有効である。周遊きっぷがあれば、往復20%OFFなど特典があったのだが・・・。ちょっとした海外旅行よりもコストはかかる。

-つづく-
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2014年06月07日

北海道の旅1(14年6月)

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 久々に5日間休暇が取れた。ここ数年間、出張便乗で新潟や四国など2〜3日足を延ばした程度で、旅行らしい旅行はしていない。最後のブルートレイン「北斗星」や廃止が発表された「トワイライトエクスプレス」、最後の夜行急行「はまなす」に乗るラストチャンスになるかも知れない。ということで、1週間前に何とか希望の開放B寝台下段偶数番(進行方向向き)が確保できた。録音や車窓の撮影が目的なら1人用個室ソロやシングルがいいが、今回は憧れのブルートレインの乗り心地を楽しむ旅なのであえての開放ハネを選択。個室は「サンライズ出雲・瀬戸」や金とクジ運さえあれば豪華寝台列車でも乗ることは可能である。

 しかし、6月の平日にもかかわらず「北斗星」のソロは下の部屋が1室しか残っていなかった。「トワイライト」は前々日まで満室。ただし、一気に団体枠が戻され、結果として、「北斗星」は4人用のコンパートメントに2人、「トワイライト」は1人であった。両列車とも、満席でも諦めずに前日の午前中あたりに窓口へ行くとあっさり買えるかも知れない。

 しかし、北海道は遠いし、広い。のんびり旅をしたくとも、現地では慌ただしく、ぐるっと駆け足で道東を巡るだけで帰途につかねばらない。折角の休みといっても結局は毎度慌ただしい旅である。1か所でのんびりは貧乏性には無理で、ついつい色んな所に寄りたくなるものである。

-つづく-
 
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